厚生労働省研究班が調査した結果、「中高年男性で1日に吸う煙草の本数が多いほど自殺する危険性が高い」ということが分かったという。
おいおい違うって。
この言説は、煙草の中に含まれる何らかの物質によって自殺する原因が作られているかのような印象を持たせるが、それは全然違う。だいたい喫煙という行為はストレスの発散のためのもので、喫煙者なら理解できると思うがひと仕事成し終えた後の一服は至福の時なのだ。
この厚生労働省の研究員は根本的な論理構築が間違っている。想像力がないといってもいい。喫煙者はストレスが多いから煙草を余計に吸ってしまうのである。そこから喫煙本数の多い人間というのはストレスが多いという事実を導き出さなければいけない。煙草が心を侵食するのではなく、心の疲れを癒すため、ストレスから逃避するために喫煙という行動に走るのである。
話は飛躍するが、喫煙者に自殺者が多いというなら、西部開拓時代のインディアンには自殺が多かったのだろうか。この研究員、そこまで調査したのだろうか。(冗談ですよ)
このつまらない研究を進めているのはどうやら非喫煙者だな。喫煙心理をまったく理解していない。それにこのつまらない記事を書いたのも非喫煙者の可能性が高い。こんな手を使ってまで喫煙者を排除しようというのが見え見えだ。
因みに私は筋金入りの非喫煙者である。傍若無人な喫煙者には怒りを覚える。が、だからといってマナーを守っている良識派の喫煙者まで排除しようとは思わない。考えてほしい。日本文学に紫煙の向こう側から生まれてきたものが多いことを。煙草がなかったら司馬さんはあれだけの作品を書かなかっただろうし、倉本さんだって名脚本が書けなかっただろう。
「中高年の自殺=喫煙」などといういいかげんな言説を根拠に禁煙運動を進めようという禁煙ファシズムには断固反対をしたい。