書評

 9日の火曜日に触れた「司馬遼太郎という人」(文春新書、756円)は久々にいい本だった。
 司馬遼太郎に関する本はあまた出版されている。とにかくタイトルに司馬遼太郎とつければ売れるのだから、司馬さんに関するところがわずか5%しかなくても「司馬遼太郎」とうたってしまえ、というまぁ詐欺みたいな本もあるのだが、この本は違っていた。
 さすがに文藝春秋で30年間、司馬遼太郎に張り付いてきた編集者和田宏氏の手によるものなので中身が濃い。司馬さんの本、司馬さん関連本を読みふけって「司馬さんのことで知らないことはないぞ」と、自負していたが(自嘲)この本を読んでみれば、あたりまえだが知らないことばかりである。読み進めてゆくと知らなかった司馬さんが現われていろいろなエピソードを語り、笑わせてくれるのである。巻末の「最後に」の章は、死に向かって行く司馬さんを描いているのだが、さすがに涙なくしては読めなかった。全編、著者の司馬さんへの深い尊敬と愛情が込められた一冊となっている。
 ラストのラストで、荼毘に付された司馬さんの骨がさっさと片付けられるのを眺めて著者はこう締めた。
「肉体などまことに他愛もない。」
 この締めのフレーズは司馬遼太郎の落とし方だった。ただ著者はここで終わらなかった。この言葉の後に自分の言葉で「だが、作品に込められた大いなる魂は永く輝き続けるだろう。」と継いで、自身の言葉で締めている。自分の言葉で語り終わらなければ司馬さんに恐れ多いと思われたのであろう。