おとといの夜のこと その1

 一昨日の深夜のことだ。
 私は、なんの灯りもない田舎の一本道を歩いている。天候は小雨、時折、周囲は「カッ!」と明るくなって、間際に雷鳴が轟く。稲光は縦横に天空を駆けめぐる。この歳になるまで雷が横に走るとは知らなかった。
地震、雷、火事、親父」の中で一番、雷が恐い。それもなんの障害物もない田園地帯の真ん中では、その迫力たるや生半可なものではない。ちびりそうだ。しっかりとヘソを押えて道を急ぐ。
 なんでヘソを押えてへっぴり腰で歩くことになったのかだが、実は田舎の集落でケチな寄合があって、酒を飲み遅くなってしまった。もう公共交通機関はない、というかそもそもそんな気の効いたものは走っていない。だから自宅へ(といっても15キロも離れている)に電話をして迎えを呼んだんだが、集落の場所が分からないということで、もっとも近い公共施設まで歩くことにした。
 それが失敗だった。田舎は距離とか時間に大らかだった。「○○公民館まで歩くとどのくらいかかるでしょうか?」という質問に対して「ああ、すぐだっぺ」とか「あっというまに着いちまうだよ」とか曖昧な返事ばかりだ。わけのわからない爺様と関わっていても時間の無駄なので、あっというまなら歩いていこうと安易な決断をして、寄合の家を出て、延々と低地の圃場の中を歩かなければならない羽目に陥ったわけである。時折、稲光で浮かび上がる風景は、狐が村人をだましたといわれる50年ほど前とさほど風景は変わっていないということなので、眉に唾をつけ「騙されまいぞ、騙されまいぞ」と呟きながら町に続く道をひたすらに歩いた(ヘソを押えたり、眉に唾をつけたり大変ですぞ)。
 それにしても周りは田んぼだらけだ。人家はまったく見当たらない。ようやく行く先に明かりが見えてきたのは、30分も歩いたあとだった。
 ぼんやりとした灯りだが、久々の人工の灯りだった。それをじっと見ていると街灯の下でうずくまる人影があることに気がついた。
(「おとといの夜のこと その2」に続く)