政治バ家の考察

 どうして政治家はバカばっかりなんだろう。
 このあいだは平壌小泉首相のお供をしていった山崎正昭がテレビで家族会の方々と対談し大恥をかいていた。もっともこの先生は日大だからもともと頭のいい御仁ではない。県議会議長からの転進組で、要するに野心だけで政治をしているような人物だから無様を晒すのは当たり前といえば当たり前。「内閣官房副長官だから平壌に行くのは当然だ」と「朝まで生テレビ」で平沢勝栄議員が弁解していたが、参院選対応であることは見え見えで、結果としてバカを晒してマイナスになってしまった。
 でも山崎先生はわかりやすい方で、わからないのが農水大臣の亀井善之だ。諫早湾の開門調査を訴えるノリ漁民に「今年は豊作だったんでしょ(だからいいじゃん)」とほざいたという。この人は慶応大学卒業である。決してバカではないはずなんだが、おかしい。政治という麻薬にどっぷりと浸かっているから思考が自己中心的になってしまったのかなぁ。疑問を払拭するためにちょいと調べてみると結論は簡単だった。亀井先生、二世議員だった。二世議員の慶応卒というのはごまんといて、それがことごとく怪しいのである。政治家・二世・慶応というのはバカの代名詞といってもいい。
 バカの極めつきが森前首相だろう。「大阪はたんつぼ」発言や「停電になるとギャングがやってくる」発言などなど、書き連ねれば枚挙にいとまがないのがこの先生だ。この程度の人物が前首相として政界の中で暗然たる影響力を持っているというところにこの国の悲劇がある。森先生、これでも早稲田大学出身なんだなぁ。早稲田って私大の雄じゃないの?
 あっ!この人も二世だった。国会議員の二世ではないけれども、親父は地方自治体の首長なのである。あぁそれでバカなんだ。納得した。
 最後は、福島瑞穂、安部知子である。二人とも東京大学ご卒業の才媛であるにもかかわらず、どうも言っていることが間抜けだ。なぜだろうと考えた(考えるまでもないが)。つまりこの二人は元々頭がいいのだが、イデオロギーに汚染されてバカになってしまった典型であろう。司馬遼太郎がこう言っている。「いかに一世をおおうほどの才智があろうとも、固定観念にとらわれた人間は愚物でしかない」固定観念とはすなわちイデオロギーのことである。
 巷には賢者が多くいる。にもかかわらず国会は愚者に占拠されてしまっている。占拠されたものは選挙でとりもどそう。なんちゃって。