ある謝辞(笑)

 ある自治体のトップが退陣を表明した。彼が定例議会の終了後に謝辞ということで長々とマイクを握った。概要を記しておく。

「20年トップの座にあった。日々の課題解決が忙しく、時間間隔が一般の人とは違っていた。それでも新成人が生まれたときからだから長いのだろう。トップになる前に議員を16年やってきたので都合36年もの間、政治に関わってきたことになる。そういうと政治が好きなのかと思われがちだが、実はそういったところから遠い存在だった。そういったことも含めて自身の話をしたい。少し長くなる・・・・・・19歳の時、人生に悩んだ」

 ご苦労なこって。

「農業大学時代、人生に悩み、大学の近くの禅寺に救いを求めた。そこで坐禅を組み、月2回の仏教聖典の輪読会などを経験した。だから東洋哲学にのめり込んだ。大学を卒業し実家に帰ったのだが、就職することはまったく念頭になく、仏門に入ろうと思い立って比叡山に相談した。そこで出会った僧侶に『山は比叡山ばかりではない。八ヶ岳にある農業専修学校へ行け』と諭され、両親にも出家を反対されたこともあって、八ヶ岳に行くことにした」

 簡単にあきらめたんだね。

「20代の後半に実家にもどって家業の農業を継いだ。家業を継いでまもなく地元の市議会議員が死んだ。そこで地元でブラブラしていた自分に白羽の矢が立った。寝耳に水だったが、ここで私は仏教思想に立ち戻った。お経というのは釈迦の説法を集めたものだ」

 みんな知ってまんがな。釈迦に説法でっせ。

「私なりに釈迦の言葉に立ち返り『利他の精神』に思い当たった。これだと感じた。人の役に立つのならと信じて36年もの間、政治に関わってきた。しかし政治の世界は肌に合わなかった。僧侶のように孤高であることが好きだったが、仕事と割り切って務めてきた。これで公職を辞するわけだが、市の関係のお役は当面の間、めんどうくさいので留保したい。一市民として市の発展を遠くから見守っているので頑張ってね」

 ということを、長々と語った。しかし、最後まで自分と共に市政を担ってきた過去から現在までの議員たちに対する謝辞はなかった。己のことを語ったきりで、自席にもどってしまった。

 それにしても、この首長はほぼ社会経験ゼロで議員になり首長になったわけなんだな。大学、禅寺、農業専修学校、そして家業を手伝って、社会人としてまったく組織というものを経験していなかった。さらに言えば、人から金を貰ったこともなく、稼いだこともなく、ある意味で宗教オタクの引きこもりのまま、政治家になってしまったわけだ。 なるほど、それで、組織経営というか、組織人としての気構えのようなものがまったくダメだったんだね。ようやく理解できたわい。 それでも若くして『利他の精神』に目覚めたのなら、それを持ち続けなさいよ。

「首長を辞したら公職にはつかないからね~、あとはよろしく~、でも留保しておくので、またボクチンがやりたくなったらやるかもね」

では、めちゃくちゃ自己中心的だよね。毅然とするなら、「一切の公職を辞し山へ籠る。生涯、公職は受けない」くらいは言えよ。「留保」してどうするの?

 地元の一部や、職員の間ではこの首長の任期を「暗黒の20年」と言っているのだが、そりゃ社会経験のない、狭い世界しか興味のないお坊ちゃんが君臨し続けたんだ。古代ギリシャ都市国家だったら、まちがいなく滅亡していた。

 とにかく一時代が終焉した。やれやれだ。