Fukusima 50

 夕べ、金曜ロードショーで『Fukusima 50』をやっていた。エンタテイメントとしての映画の評価は措いておくが、記録としては極めて大切な作品となった。あの大災害の時に、福島第一原発でなにが起ったのか。そしてなにが成されたのか。それを余すところなく描いて秀逸な映像となっている。

 この作品が小説ではなく、門田隆将のノンフィクションから生まれたということも興味深い。ジャーナリストとしての門田さんの矜持があり、事実だけを列ねていて、そこから紡がれたので、ドキュメントに近い仕上がりとなっている。

 韓国のセウォル号が沈没した際に、パンツ一丁で船から逃げ出す船長の姿が全世界に流された。その時、朝日新聞は「福島第一の吉田所長たちも逃げたんだ。日本人も韓国人も同じだ」という論調で記事を書いた。

 バカコケ!事実は昨日の映画で証明されている。吉田所長は、炉心溶融を避けるべく常時監視する体制をとる覚悟を決め、部隊を分けて、まず50人を危険な最前線に残し、残りは「俺たちが死んだらお前らが継いでくれ」ということで、後方に下げたのである。パンツ一丁でスタコラさっさと遁走するクズと一緒にするなっちゅうの!

 ワシャも災害対策本部に何度か身を置いたことがある。もちろんF1のような極限の状況ではない。せいぜい大型台風の直撃くらいの話で、Fukusima50の皆さんに比べれば寝ていたようなものだけれど、それでも、建物が倒壊して、幹線道路を塞いだという一報が入って、現場確認のために暴風雨の中をパトロールカーで走った時には、ホント死ぬかと思いましたぞ。

 でも、F1と比べれば大したことはない。ともかく彼らの命がけの行動が、朝日新聞の嘘で汚されなくてよかった。

 現場で総指揮を執った吉田昌郎所長は、3.11からわずか8カ月後に食道癌治療のために入院されている。残念ながら2年後にお亡くなりになるわけだが、どうだろう、あの未曾有の大災害がなければ、吉田さんが命を縮めることもなかったように思う。おそらくF1で指揮をしながらも、喉に違和感を持っておられたのではないか。平時ならそのまま病院に行けばいい。しかし、彼は最前線で放射能と戦うことを選択した。

 一昨日のプライムニュースに、ある意味でF1の反対側の主人公である菅直人元首相が出演し、当時の言い訳をタラタラとくっちゃべっていた。

 おそらくこの市民派あがりの、「理系」であることをひけらかす無能な首相でなかったなら、F1の戦いはもう少し楽だったのではないか・・・と思ってしまう。

 大型台風に直撃されて混乱する災害対策本部だって、時の首相がやってくるとなったら、それは大騒ぎで、多くの人手がその対応に割かれることになり、その分は別の本部員にしわ寄せされ、結局のところ部隊そのものの疲弊を招くことになる。

 バカは、プライムニュースの中で「現場を見なければ判断はできなかった。電話番号がわからず電話が掛けられなかった」などとほざいていたが、そんなわけはない。災害対策のトップはすべての情報が集ってくる本部の椅子に座っているべきで、もしどうしてもF1の現場情報が知りたければ、部下をそこに差し向けるだけのこと。「電話が掛けられなかった」という言い訳については笑うほかない。

 門田さんが金曜の産経新聞でこう言っている。

《彼らは》というのは「Fukusima 50」の皆さんのことですね。《彼らは家族と国の命を背負い、「事故」と戦い、また現場の足を引っ張る「官邸」、さらには「東電本店」とも戦ったのである。》

 ありがとう、「Fukusima 50」。

 

 そして朝日新聞が、また悪辣な記事を流していることを門田さんは指摘する。福島での「風評被害」のことである。トリチウムを含む処理水について、昨年の10月19日福島版で〈市民団体が(海洋放出への)抗議活動をした。約10人が「海に流すな汚染水」と記したホードを掲げ、海洋放出反対の署名を呼びかけた〉のだそうな。しかしこの市民団体が曲者で、共産党でも有名な活動家がこの市民団体の代表を務めているのである。つまり、共産党の「反日活動」の一環として、共産党員ばかりが10人ぽっちで抗議し、それを赤旗よりも左寄りの朝日新聞が大々的に記事にする。

 国民の不安な心理につけこんだ特定政党活動やメディア報道なのである。このあたりはしっかりとしたメディアリテラシーを自分の中でつくっておかないと、騙されまっせ。

 

 これら特定政党や反日メディアの動きは、すべて中国共産党を利しているということを忘れてはならない。

 ウイグル問題で、共産党(日本のね)の志位委員長が批判を展開したようだが、羊頭に眩まされてはあきまへんで。