ずいぶん昔の話だが、ワシャは左遷先として有名な支店に飛ばされた。
支店といっても書籍を扱う部門で、本社の部門とは明らかに業務内容が違っていた。そこの業務の中核を担っていたのは、司書資格を持つ専門職とパート社員であり、本社から流れてくる事務職はほとんどが左遷組といってよかった。
ワシャは、ある種の権力争いに巻き込まれ、負けた方のメンバーと見なされたために見事左遷と相成った(笑)。
飛ばされた支店は、支店長を筆頭に70人ほどの正社員・パート社員が常時働いている。だから本店で役に立たなかった課長でも、ここの支店長になると一国一城の主になり、一挙に70人の部下を従えることになる。
支店の格付けは、本社の教育部門のさらに下部支店として隔離されている部門であり、本社の幹部もまったく興味をもっていなかった。要は、離れ小島のようであり、ある意味、支店長のやりたい放題の部署になっていた。
こういった場所のトップを委ねられると、己を知らぬ人物は、ついつい天狗になって、今まで冷や飯を食わされてきた反動で、意味なくバカ殿様になって君臨してしまう、一種異様な職場と言っていい。
ワシャがそこの支店長に飛んできた(爆笑)。
ワシャの机は広い細長い事務室の一番奥にデーンとある。支店長席の左側に社員の休憩室があり、右手にスケジュールを書き込める大型のホワイトボードがあった。
パート社員は交代で休憩に入る。そしてホワイトボードで、自分の勤務のスケジュールの確認もする。
3日ほどしてあることに気がついた。パートさんたちが、ワシャの前を通っていけば、20歩も歩かずに休憩室からホワイトボードまで確認に行けるのに、わざわざ担当の机5つほどを迂回して遠回りするのである。
「え?なんでワシャの前を通ってホワイトボードを確認しにいかないの??」
と訊ねると、パートさん、もじもじして答えない。仕方ないので古参の社員に確認する。
「前の支店長が、支店長の前を通るのを嫌がったんですよ。それでみんな大回りをしているんです」
ワシャは即刻「通行禁止令」を解除した。
それでも何年も続けさせられた習慣なので、最初はなかなか通ってくれない。若いパートさんに「この前を通ってよ」と頼んで、ようやくはにかみながらも通ってくれるようになった。
1ヶ月くらいで、ほとんどのパートさんは通るようになった。そして一部のパートさんが、心を開いてくれて、なんやかやと新米支店長に話しかけてくれるようになった。
女性の管理職があとで教えてくれた。パートさんたちが「今度の支店長、最初は恐そうに見えたけど、話してみるとおもしろい人だね」と言っていることを。
恐そうかなぁ。でも、とりあえずワシャに馴染みだしてくれてホッとしたことを思い出した。
(つづく)