一期一会

 スーパームーンを眺めながら「ムーンライトセレナーデ」を聴こうと思ったけれど、なかなかそうは問屋が卸してくれません。夕べは雨でついに満月は現れなかった(泣)。

 昨日、ワシャの支店は休みだった。だから事務室以外の照明はすべて消されて、全体的に暗く、社屋全体が眠っているような印象である。
 事務室からトイレに行くのには北の廊下を使う。もうひとつ資料室を抜けていくルートがあるのだが、その経路は普段は来訪者がいるところなので、社員は通らない暗黙の了解が出来ている。昨日は休みである。だから来訪者はいない。こっちのルートのほうが広々としているので電気の消えた資料室を歩いていて、異変に気がついた。
 資料室は東西に長い長方形をしている。南側に窓が長く続いている。北側には建物の中央にある吹き抜けに面してやはり窓があって、その間に書架がずらりと並んでいる。ちょっとした図書館を想像してもらえばいい(笑)。
 北側の内窓にちらちらと赤いものが映る。立ち止まって確認をすると北側の窓に南側の窓が映っていたのだ。南を振り返れば、おおお、30mほどの窓の細長い連なりが紅葉で真っ赤になっていた。脳裏に「マイ・フェイバリット・シングス」が再生された。
 すごい。こんな豪華な紅葉は永観堂のお堂から眺めて以来だ。
 さっそく部下に休憩をとるように声をかけて、みんなで窓紅葉を堪能したのだった。なかにはカメラを持ち出して撮影するものまででた。それほどに見事だった。その部下に言われた。
「ワシャさん、この支店3年目ですよね。3度目の秋で、今までこの景観に気が付かなかったんですか」
 そいうわれてみればそうだ。なぜワシャは今までこの紅葉に気がつかないか。もちろん社屋の南の街路樹が色づいていたのは知っていた。しかし窓紅葉は見過ごしていた。なぜ去年、一昨年と、見のがしたのか。

 しばし考えて思い当たった。昨年まではワシャは月曜を休んでいた。つまり日中に資料室の照明が消えていることはなかった。それに営業中はブラインドが降りていたりするので見えないことのほうが多い。天候の機微もある。南側といっても建物自体が少し西に振っていて、晴れていると西の陽光がつよく紅葉はシルエットになる。しかし昨日は雨だった。西日がなく葉が雨に洗われている。そして日没までまだ時間のある午後4時の頃合いが、一番の見どころだったのだろう。
 来週ではもう葉は色あせている。あのわずかな時間だけがもっとも鮮やかな瞬間だったということである。
 この事務所は来年移転をする。おそらく来年のこの窓紅葉はないであろう。

 スーパームーンは見逃したが窓紅葉には気がついた。よかった。