「徂徠豆腐」(そらいどうふ)と新作の「ハナコ」を2席。先週の「大名古屋らくご祭」の喬太郎・昇太などは20分程度の噺だったが、志の輔の「徂徠豆腐」は1時間を超す大ネタだった。それもあっという間という感覚で、オチに入る段階になると「え、もう終わっちゃうの?」と思わせる充実ぶりだった。
噺は、芝増上寺脇の貧乏長屋で苦学する若者に、豆腐屋が豆腐やオカラの施しを続けていた。そんな豆腐屋が風邪で寝込んでしまう。10日ほど経って、長屋に顔を出すと「引っ越していった」とのことで、「喰うものもなくなって夜逃げしたんだ」と顔を出せなかったことを後悔する。
歳月は過ぎ、細々と商いを続けていた豆腐屋は、近所からの出火で店を焼かれて、着の身着のままで貧乏長屋に身を寄せている。そこへ苦学の学者が現われて「オカラのお礼です」と金を出し、豆腐屋を再建するのだった。豆腐屋は、新しい店で一番最初の豆腐を学者の邸宅にいそいそと届けるのだった……というような物語である。
江戸中期を代表する儒学者の荻生徂徠と市井の人との交流を描いた名作落語と言っていい。残念ながら、ワシャの書庫にある
『落語事典』(青蛙房)
『落語ハンドブック』(三省堂)
『古典落語』(講談社文庫)
『談志の落語』(静山社文庫)
『圓生古典落語』(集英社文庫)
『合本 東京落語地図』(朝日文庫)
のどれにも掲載がない。かなりマニアックな演目なんでしょうね。だから、ワシャも始めて聴いた。
おそらく話の組み立てから言って、この長さで、この堅い内容で、客を飽きさせずに引っ張るのは生半可な腕では難しい。しかし、さすが志の輔、物語の所どころに志の輔が顔を出し余談を語りながら、ぐいぐいとラストまで持っていってしまうとは。
志の輔の前を江戸家子猫が務めた。子猫のネタをすぐに引用し、カミさんが嘆くときの声を「そりゃなんの動物だい」と突っ込んで大爆笑を取る。このあたりの臨機応変さというか柔軟さというものが名人の真骨頂なのだろう。
以前に、地元の落語会でどこぞの三流真打が真面目に高座を務めたことがあったが、終わってからの仲間の反省会で、「ワシャならこうするね」と前置きをして、真打の前に出た二つ目の噺を織り込んでみせたら、大受けに受けた。素人でも気づくところに気づかない真打というのも寂しかったが、やはり志の輔クラスになると、その日の高座であったことも、世間であったことも、盛れるものはすべてネタにできるんですな。
あらためて志の輔の凄さを感じとった会だった。
独演会の終了後、小腹がすいたので、友だちと駅前のうどん屋に入った。うどん屋といっても「豊橋カレーうどん」のうまい店で、前にも顔を出したことのある店である。うどん屋なんだけど、鰻の白焼きなんかもあるけっこう美味しいお店なんですよ。
「玉川」
https://tamagawa-udon.com/shop.htm
という駅前にある店舗なんだけど、何軒か食べ歩いたけれど、ここが一番落ち着きますぞ。
でね、「白焼き」「馬刺し」で熱燗をちびちびとやっていた。馬刺しは熊本産でこれが赤みばかりなのだがとびきり上手い。そしてやはりその日のネタを食わなければならないと「牡蠣入りの湯豆腐」を注文しましたぞ。徂徠が美味そうに冷奴を食っていたものだから、徂徠の真似をしてつい音を立ててジュルッと啜ったら、熱かった。
湯豆腐の牡蠣がなくなった頃合いを見計らって、女将が顔を出す。
そこで「今日は美味しい生牡蠣があるんですよ」と言うではあ〜りませんか。ワシャらが牡蠣入りの湯豆腐を頼んだので、アプローチしてきたんでヤンスね。
もちろん乗っかりましたよ。そしてこの牡蠣が美味かった。うどん屋さんの牡蠣だからそれほど高くはないんですよ。でもね、今年の「七味」に入ってきそうな磯の香りとコクとさっぱりさを兼ね備えた逸品でした。
あ〜楽しかった。