褒められる人

 学生時代のことである。ワシャは苦学生だったので、昼間は学校に行って勉強し、夜はバイトで学費を稼ぐという……涙ぐましい生活をしていた。
 すいませんでした!
 昼間は学校に行って遊びの打ち合わせや雀荘に通い、夜はバイトで遊興費の捻出に勤しんでいた。
 夜のバイトは効率がいいんですわ。スナックでバーテンをやっていたんですが、公務員の初任給が10万円の時代に、時給1200円くらいもらっていた。午後6時くらいに出勤して深夜の12時くらいまでは店にいたがら、1日7200円の収入があった。月に20日も働けば、ガソリン代込みで15万は楽に超えていた。バーテンといったって、カウンターの中にいて、水割りをつくって出すくらいのことで、たまにカクテルを欲しがる客もいて、そんなときはシェーカーを振る。料理といっても出来合いのものが、冷蔵庫に入っていて、そこから皿に並べるだけ。だから大方の仕事は、カウンター越しに客の話し相手になるっていうことだった。
 いい客もいれば悪い客もいる。老若男女、千差万別、いろいろな人がカウンターの向こうで、いろいろな人生を語ってくれる。こんなワシャでもファンがついて、若いOLが何人か通ってもくれていた。
 そんな中に必ず週末にやってくる夫婦連れがあった。ワシャが二十歳の頃に、50代くらいに見えたかなぁ。旦那の方はゴルフウエアを着ていたから、大手の部長か課長、あるいは中小の役員といった雰囲気。奥さんのほうも身なりはしっかりしていて、言葉遣いも上品で、カウンターに座って水割りを2〜3杯静かに飲んでいく、まぁどっちかと言えば大人しい部類に入る客だった。
 でもね、ワシャはこの2人があまり得意ではなかった。酔ってくると奥さんが旦那のことを褒めだすのである。
「うちの人は、人の悪口を言ったことがないのよ」
「うちの人は嘘を言ったことがないのよ」
「うちの人は、人を妬んだことがないのよ」
「うちの人は、うちの人は、うちの人は……」
 仲がいいのは結構なことだが、そう旦那ばかりを褒めあげてどうするんだ。旦那もまんざらでもないようで、にこにこ笑って水割りを飲んでいる。そんなにカミさんに持ち上げられて嬉しいかなぁ。
 人格に関することは、身内褒めしていても仕方がない。他人がそう思ってこその美点ではないか。まぁワシャ的には「悪口を言わない」とか「嘘を言わない」とかがいい点だとはちっとも思わないけどね。
 ヘラヘラとカウンターで笑っている旦那を見ていて「アホちゃうか」と思ったものである。