ある虚構の終焉

 学生時代、某ターミナル駅の近くの繁華街にあるスナックでバーテンをやっていた。その時の常連に品のない客がいたものである。職業は、日本社会党の代議士の秘書で、駅の近くに事務所かあるいは労組のたまり場でもあったのだろう。いつも一人でやってきて、カウンターの隅に座ると、同僚への愚痴を口にしながら薄い水割りをチビチビと飲んでいた。あるいは代議士がらみで意味のない自慢話をするときもある。なにしろグダグダな野郎で、少し酔ってくるとカウンターの女の子にちょっかいをかけたり、何かというと「代議士に言いつけてやる」っておまえは青洟をたらしたガキか。常連客の中では最下位グループに入っている下品な客だった。
 そいつがある時に、晴れ晴れしい顔をして店に入ってきた。身なりもいつもの着たきりの背広ではなく、なんとなくよそ行きの感じがする。踵のすり減ったいつものくすんだ黒靴ではない。光っている。それでも座る場所はカウンターの隅なんだね。口開けで他に客もいなかったから、ワシャと女の子が暇つぶしについた。
「実は今日、東京に行ってきた」
 社会党の本部でなにかの総会があって、それに出席したらしい。代議士の名前を羅列して、あいつはどうの、こいつはどうのと批評をする。当時、ワシャは政治などまったく興味のない学生なので、なんの話をしているのか皆目わからず、秘書を女の子に任せて、離れようとした。その時……
「アステカ、アステカ」
 と、秘書が言い始めた。およよ、アステカと言えば、中米のアステカ文明のことですよね。まさかこんな無教養な男からアステカの話が出ようとは思わなかった。まだ、客はそいつだけなので、そういう話題ならもう少し付き合ってもいい。
 ところがどっこい「アステカ」は、酔っぱらった秘書の言い間違いで、社会党の飛鳥田(あすかた)委員長のことだった。委員長から声を掛けてもらったとか感激しているようだったが、だったら言い間違えるなよ。ずっとそいつは「アステカ委員長」と言っていたんですぞ。よくそれで代議士秘書が務まるものだ。
 ワシャは突きだしに添えるオニオンスライスを作らなければいけないのを思い出した。厨房に引っ込んだのだった。
 
 今、思い返してみれば、あの酔っ払いの秘書が行ってきたのは、通称「三宅坂」、戦後の社会党の動向を見守ってきた永田町の社会文化会館だったのだろう。話の中に「アステカ」とともに「聖地」という単語が何度か混じっていたからね。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130126-00000017-mai-pol
 今はもうアステカ委員長の君臨した日本社会党はない。村山委員長時代に、首相に担ぎ上げられた村山さんが、政権維持のためとはいえ、日米安保自衛隊の是認、国旗国歌の尊重、非武装中立の破棄を就任演説で宣言してしまったのだ。あの瞬間に日本社会党は崩壊したと言っていい。
 そして日本社会党の聖地だった社会文化会館もまもなく壊される。いずれ青息吐息の社民党も消えるだろう。55年体制を左翼から支えた集団がものの見事に消滅した。こんなこともあるんだ。

 でもね、あの秘書の教養のなさを見るにつけ、秘書が仕えた代議士がけっして観念主義的左派ではないと思うなぁ。当時の左は一般的に読書階級が多く、自民党支持基盤よりも教養があったと言われている。あの秘書のバカさ加減は半端じゃなかった。
 日本社会党は「二本社会党」と揶揄されたくらい左も右もそろっていたごった煮野党である。だから件の秘書の親分は、社会党代議士ではあるが、その実は代議士といううま味のある地位を継続することだけに汲々とする労組系議員だったと思われ、実情は保守系のどぶ板議員となんら変わるものではなかった。
 有象無象の政治家など大したことはない、そのことを暗に教えてくれた酔っぱらいの秘書はワシャの恩師かもしれない。

 今朝の天声人語を読んで、笑ってしまった。コラムニストの勝谷誠彦さんのメルマガ(1月27日分)を読んだのかな?今朝の天声人語が勝谷さん同様にコンビニについて憂いているところが面白かった。昨日、行った「お能」の話とともに明日にでも。