名訳?

 一昨日、「ローマの休日」の話をした。原題は「ROMAN HOLIDAY」でそのままである。基本的に洋画の邦題は忠実に訳しているものが多い。同じくヘプバーン主演の「麗しのサブリナ」が「SABRINA」、エリザベス・テイラー主演の「陽のあたる場所」が「THE PLACE IN SUN」だったりするように。
 でもね、名訳もあるんですよ。原題が「WATERLOO BRIDGE」(ウォータールー橋)が「哀愁」となるビビアン・リー主演の名作。これほど完美な恋愛映画が武骨な橋の名前でなくてよかった。「俺たちに明日はない」という夫婦のギャング物語があったでしょ。あの原題は「BONNIE AND CLYDE」(ボニーとクライド)で、主人公の名前だったのだが、「俺たちに明日はない」のほうが遥かに深みのある、そしてラストシーンに見事につながっていく名訳だと思いませんか。最近なら「アナと雪の女王」がよかった。原題は「FROZEN」(氷結した)とそっけない。断然に「アナと雪の女王」のほうがいいですよね。
 もうひとつだけお付き合いくだされ。原題は「ALL QUET ON THE WESTERN FRENT」(西部戦線の完全な静寂)だったが、邦題は「西部戦線異状なし」に変わった。七五調のいい題になっている。洋画の題と言えども、日本人の耳には七五調の響きが心地よく、だから「映画にいってみようかな」と思うのである。

 もちろん邦訳された文学にもいいものがある。例えば福田恒存の仕事であるシェイクスピアの名訳の数々には堪能させてもらった。「マクベス」「リア王」「ハムレット」……邦訳文学の名作である。おそらく英語を日本語に訳すという仕事に関しては、福田恒存が第一級の翻訳家と言っていい。もちろん日本語の文章家としての力量も、その出版物の多さ、クオリティの高さから言っても一流の人であった。

 その名翻訳家が「最低最悪の翻訳」と激怒するのが「日本国憲法」である。
《現行憲法に権威が無い原因の一つには、その悪文にあります。悪文といふよりは、死文といふべく、そこには起草者の、いや翻訳者の心も表情も感じられない。吾々が外国の作品を翻訳するとき、それがたとえ拙訳であらうが、誤訳であらうが、これよりは遥かに実意の籠った態度を以て行ひます。》

日本国憲法」は、ワシャら素人が読んでも、下手な日本語訳である。こんな翻訳なら、「エキサイト翻訳」の方がよっぽど上手だ。
 憲法論議が賑やかになってきた今、もう一度、福田恒存の言に耳を傾けたい。日本語として成っていないその一点だけでも捨てるか、変更したほうがいい。