117よりも……

 平成7年1月17日の阪神淡路大震災で6,435人の方が犠牲になった。とんでもない数字である。防災の必要性が全国民に共有される切っ掛けとなった大地震だった。そして平成23年3月11日に東日本大震災である。この地震で発生した津波は、死者・行方不明者18,446人というとんでもない被害をもたらした。犠牲となられた方々には哀悼の意をささげたい。

 しかし、それよりも恐ろしい災害があることを忘れてもらっては困る。その災害は発生すれば、犠牲者の数は東日本大震災と一桁違ってくる。関連死まで含めれば2桁違いになるかもしれない。
 それは、北朝鮮核兵器という大災厄だ。まともな国(支那中国やロシヤがまともだとも思えないが)でない北朝鮮、それも叔父や幹部を機関銃で銃殺するというとんでもない男が、その決定をするのである。諌めて止める部下など一人もいない。諫言すれば機関銃銃殺が待っているのだから。
 そんな暴挙をやる男が、追い詰められれば「窮鼠核を撃つ」である。それは、同類の住む南朝鮮ではなく、不確実なアメリカ本土でもない。もっとも嫌いで、確実にとどく日本列島のどこかに対して撃つ。横須賀や岩国がターゲットとなるかもしれないが、金正恩の性格からして、東京を狙う可能性は大いにありうる。あるいは五月雨式に全土に向かってミサイルが殺到するかもしれない。

 この大災害、大災厄に対する住民への理解は進んでいるだろうか。南海トラフで発生する地震については、かつて東海地震東南海地震、南海地震と名付けて、その発生に対しての啓発活動や防災訓練に余念がなかった。それで効果があったかどうかはさておき、少なくとも住民たちは、そういう災害が起きることを前提にして、訓練をしたり建物の耐震化なども進めてきた。
 だが、北朝鮮の核による大災害については、どうにも心もとない状況である。密集市街地で1発の水爆が炸裂しただけで、木造建物は一瞬で消し飛ぶ。何万という無辜の日本人が殺戮される。日本人だけじゃない。そこに居合わせた外国人も消滅する。そういった災害に対する防災意識は高めてきただろうか。地下シェルターなどの建設を進めてきただろうか。なんにもやっていないよね。アリバイのように作った国民保護法は、もう国民の脳裏から消えているだろう。せいぜいJ-ALERTがプープー鳴るようにはしたけれど、プープーなって数分で核弾頭を搭載したミサイルが着弾をする。「着弾周辺の住民は建物の中で頭を抱えていろ」くらいしかできず、いったん核爆発が起きれば、そんなもの家どころか町ごと吹き飛ばされて終わりだ。そんなものを対策とは言わない。

 117に、117よりもさらに最悪な災厄が日本人の目の前にそそり立っていることを自覚しよう。