いい男

 ワシャはブ男である。足も長くないし、筋肉隆々でもない。顔のバランスだって松竹梅の梅である。頭もよくない。小学校のころは優等生だったが、中学時代はクラブ活動や生徒会活動に燃えて、卒業時には50/400番くらいのところをうろついていたなぁ。高校に入るとますますアホになって、青春を謳歌することばかりに時間を費やした。大学時代はアルバイトに精を出し、二十歳過ぎればただの人になった。めでたしめでたし。

 昨日、読書会。課題図書は、呉座勇一『応仁の乱』(中公新書)である。メンバーからは「学術書のようで難しかった」と指摘された。確かに「応仁の乱」前後の歴史の流れと、乱全体の構造を『歴史群像シリーズ』のような初心者向けのもので押さえておくと、もう少し読みやすかったのかもしれない。
 読書会では、国司から守護へ、守護から守護代へ、守護代からそのまた下の奉行(現場監督)あたりまで権力の移行(下剋上)があったことを、尾張織田家の事例を挙げつつ話をした。
 その後、駅前の居酒屋で肴をつつきながらおだを上げて午後9時30分ごろに解散した。

 帰りの電車の中のことである。この時間帯の快速電車は混んでいますな。ワシャは車両の連結部近くに立っている。周りにはスマホを見ている客が何人も通路に並んでいる。その中を大きなキャスターバッグを引きながら、もう一方の手に紙袋を下げた女性が後方から移動してきた。どうやら彼女は前の車両に移りたいようだ。その女性がワシャのところまでくる。ワシャはさりげなく身をかわして彼女が通りやすいように路を空ける。彼女は通り過ぎ、ドアにたどり着くと、紙袋を持った手で不自由そうにレバーハンドルをひねって横に引く。体は連結部に入ったが、キャスターバッグが抜ける前にドアが閉まってしまう。ワシャは左手を出して、もどるドアを止めた。彼女は「え?」という感じで振り返ってワシャを見上げた。
 ただそれだけのことである。普通の人なら普通にやることであり、このことでワシャがメチャメチャ親切な男だとか、気遣いのできる人間だと言いたいわけではない。

 でもね、もどるドアを支える手を出すときに、その差し出しかたや指の角度には気をつけましたぞ。さりげなく、やさしく、うつくしく。
 せめて手くらいは格好よく見られたいもの。