ロミオとジュリエット

「ウエストサイド物語」を思い出している。
(以下のURLは音が出ます。ご注意を)。
https://www.youtube.com/watch?v=tsFGo2mbwxM
 ニューヨークを舞台にしたミュージカル映画の大作である。アカデミーの作品賞、監督賞、助演男優賞助演女優賞など10部門に輝いたことは映画ファンの中では有名な話である。
 この映画の名作がシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」のパスティーシュ(他の作品から借用して、新しくつくり上げた作品)であることも知る人ぞ知る。
 まぁそういう「ロミオとジュリエット」自体が、シェイクスピアが発表する1595年の30年前ほどに書かてれいたアーサー・ブルックの物語詩「ロウミアスとジューリエットの悲劇物語』の忠実な再現なんですね。もちろん作品レベルはシェイクルピアの圧勝なのだけれども。
 なにしろシェイクスピアは言葉の匠だった。台詞は言うまでもなく、人の名前までいろいろな関わりや深い意味が隠されている。台詞ではドラマ冒頭の「ヴェローナの広場」でキャピレット家の家人のやりとりでは、かなり卑猥なやりとりが隠語を交えてやりとりされている。ここなんかも阿刀田高さんに言わせれば、「原語の20%も内容が伝わっていないのではないか」ということらしい。20%でこれだけ読ませるとは、沙翁畏るべし。
 名前でもそうだ。ロミオはロミオなんだけど、その名前に含まれる意味として、「ローマを巡礼する者」とか「愛を彷徨う者」という意味が隠されていると聞いたことがある。なにしろシェイクスピアの言葉を紡ぐ執念はただならぬものがある。
 さて、バレエの「ロミオとジュリエット」である。バレエなので言葉が一切排除されている。これはシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」というよりも、「ウエストサイド物語」と同様のパスティーシュの名作なんだなと思いあたった。
 まったくシェイクスピアの言葉が存在しないのだから面食らったのだが、あくまでもシェイクスピア作品を土台にして組み直した新ジャンルなのである。そう思ってみれば感動の渦に包まれる。めでたしめでたし。