京都。三十三間堂近くのおばんざい屋。
昼時だったので、友だちと暖簾をくぐる。細い通路のようなところに、壁にむかってカウンター席が五つ六つほど連なっている。そこは満席だった。ワシャらは客の背後を通って、その先へと案内される。京風なんでしょうね、奥が深い。くぐり戸を抜けると、くの字にカウンターが設えてある一間に出る。そこで「こちらどす」とか言われて、席をあてがわれた。目の前にはカウンターがある。その上に惣菜が大皿に盛られて並ぶ。その向こうに仲居さんが2人、スラリとした女性とズングリとした女性が立ち働いている。凸凹で絵的にはいい。どちらも60前後で、スラリは物腰といい、はんなりとした京言葉といい、根っからの京都人なのだろう。仕事の切れ味からみて仲居頭か、あるいはこの店の女将かもしれない。ズングリは、新人なんでしょうね。仕事が要領をえず、あきらかに遅い。話すのを聞いていても、京言葉ではない、どこかのなまりが混じっている。前者は京者、後者は田舎者の典型のような二人だった。このあたりもホームドラマにするならいい組み合わせになる。少し作り過ぎのきらいもあるが、この二人のやり取りがおもしろかった。前者を京(京者)、後者を田(田舎者)ということでシナリオ風に。ワシャはもちろん田舎者なので、常に田舎者の味方ということで。
〇京都おばんざい屋(中)
10席ほどあるカウンターが半分埋まっている。左手に表の間に続くくぐり戸。右手に奥の部屋へ続く入口、暖簾が垂れている。表からも奥からも客の話し声が聞こえてくる。
カウンター内では初老の仲居が二人立ち働いている。客が3人くぐり戸から入ってくる。京仲居、目ざとく客を見つけて愛想よく、
京「おいでやす」
田仲居に小声だか強いニュアンスで、
京「ご注文お聞きして!メモ書いて!」
そう言って、あわただしく奥に入っていく。
田「はい……ご注文を」
客A「そやな、ぼくはおばんざいランチ」
別の客が言葉をかぶせるように、
客B「ぼくはぶぶづけランチやな」
客C「オレはうどんランチ」
田「おばんざいは選んでいただけます」
客A「ピリ辛こんにゃくとぜんまい煮、高野豆腐」
客B「オクラ煮と、肉団子、タケノコ煮」
客C「ひじきの煮物と切干大根」
客が早口なので、メモを取れない田仲居。
京仲居が奥からお茶をのせた盆を捧げて表れる。田仲居にその盆を渡して、
京「お客はんにお願いします」
田仲居、盆を受け取り、のろのろと配膳をする。
京仲居、奥に引っ込み、すぐに香の物をのせた盆を捧げて出てくる。田仲居、まだお茶を配り終わっていない。
京仲居、田仲居を尻目にさっさと配膳してしまう。
京仲居、カウンター裏の注文票を見る。
京「(田仲居に)お客はんのご注文は?」
田「えーっと、おばんざいランチと……ぶぶづけランチと……そばランチと……」
京「メモして!」
表のほうから「ごちそうさん」という声が聞こえる。
京仲居、表に向かって「おおきに!」と声をあげ、くぐりから消える。
くぐりの向こうから客と京仲居の話し声、笑い声。
京仲居、くぐりから現れ、田仲居に「表を片つけて!」と言うと、奥に消える。
田仲居、濡れ布巾を手に表に消える。
客の談笑。
田仲居、戻ってくる。京仲居、そばを持って出てくる。注文票を見る。
京「お客はんのご注文は?」
田「えーっと、おばんざいランチと……」
京「メモしてって言ったやろ!」
田仲居、ふがふが言っている。京仲居、カウンターの客に
京「(愛想よく)そばランチはどちらはんですやろ?」
客C「オレ、うどんランチだけど、まぁそばでええよ」
京「(客に)すんまへんなぁ。(田仲居に)メモ!」
田仲居、呆然と立っている。
客B「(目の前の皿を指して)オレ、これとこれでいいからよそってくれる?」
田仲居、あたふたしながら目の前のおばんざいを小鉢に盛る。
客C「ぼくも、これとこれでいい」
京「すんまへんなぁ。お茶、お代わりいかがどすか?」
というような光景が繰り広げられた。
完全にばんざいしてしまった田仲居、馴れていないのは一目でわかる。京仲居も客ももう少しゆっくりと付き合えば、あそこまで右往左往することもないように思う。京都の底意地の悪さを少し感じた。
ワシャはあたたかい目で見ながらも、目の前で倉本聰さんのドラマのようなシーンが展開したので、ついつい笑ってしまった。