見事な日本人

 こちらの写真の2枚目をご覧くだされ。
http://www.oldphotosjapan.com/ja/photos/189/atagoyama-tokyo
 幕末にフェリス・ベアトが撮影した東京・愛宕山からの風景写真。これは結構有名な写真で江戸の雰囲気を伝える貴重な写真である。現在、愛宕山はビル群に囲まれて、江戸を偲ぶ片鱗すら窺うべくもないが、かつての日本はこのように風情があったんですね。

 地元の読書会の課題図書は、内村鑑三『代表的日本人』(岩波文庫)である。この本は、古典の名著で、内村鑑三の代表作と言っていい。薄い文庫なので、まだ読まれていない方はぜひご一読をお薦めしたい。内容は、内村が代表的な日本人を英語を使って西欧社会に紹介したもので、西郷隆盛上杉鷹山二宮尊徳中江藤樹日蓮上人の5人を扱っている。
 その中でも西郷隆盛のことである。詳細は語らないが(語れないが・笑)、彼は徹底して「公」の人だった。西郷の座右の銘は「敬天愛人」である。「天を畏れ敬い、人々を慈しむ」この思想は、その後、頭山満などに継承されていくが、はたして平成の世まで届いているかどうか。
「命も要らず、名も要らず、位も要らず、金も要らず(中略)このような人こそ、国家に偉大な貢献をすることのできる人物である」
 平成の政治家、実業家の中に、西郷の言葉に首肯できる人間が何人いるだろう。江戸の風情が消えてなくなってしまったように、本物の日本人というのは、あるいは絶滅してしまったのかもしれない。
『代表的日本人』の第二章から引く。
封建制にも欠陥はありました。その欠陥のために立憲制に代わりました。しかし鼠を追い出そうとして、火が納屋をも焼き払ったのではないかと心配しています。封建制とともに、それと結びついていた忠義や武士道、また勇気とか人情というものも沢山、私どのもとからなくなりました。》

 さて、冒頭の愛宕山からの江戸の風景である。
 第一章に小さな挿話があるのだが、史上有名な「江戸城明渡しの談判」の数日前に、西郷と勝は愛宕山に行っている。そこでまさに写真の風景を見せられて、西郷の「公」に火が点いた。駿府まで薩長軍本隊が進軍してきている。それらが江戸に流れ込めば大乱戦になり、江戸は焦土と化すであろう。それでいいのか。西郷は自問自答し、徳川方の出す条件をのんだ、西郷を知悉する勝の思惑が当たったのである。
 おそらく西郷でなければ、江戸は焼け野原になっていたに違いない。それは、この後、長く続く戊辰の戦いで無能なリーダーが上越、東北で見事なまでに証明している。