玉三郎丈

 ワシャの書庫に坂東玉三郎の写真集がある。「婦人画報」の別冊で昭和52年に出版されたもの。およよ、37年も前の雑誌なんだね。この中に、昭和47年に新橋演舞場に掛けられた「鳴神」の写真が載っている。鳴神を海老蔵(十二世團十郎)、雲の絶間姫を玉三郎が演じる。この写真の玉三郎は22歳、若いなぁ。この写真集の発刊当時でも27歳だからまだまだ駆け出しと言っていい。しかしこの妖艶さはいかばかりであろうか(見せられなくてごめんちゃい)。三島由紀夫が、玉三郎女形を「現代の奇蹟」と評しているくらいだからね。
 それから幾星霜、22歳の女形人間国宝になり64歳になった。しかしですぞ、しかし、先週末に観た玉三郎は、40年前の写真と比べて艶やかさ、美しさ、愛らしさでまったく遜色がない。芸を極めているだけに、雲の絶間により近づいているのではないか。玉三郎、歌舞伎という小さな世界だけでなく、日本の至宝と言ってもいいだろう。
 同じ人間国宝坂田藤十郎がいる。しかしワシャはこの歌舞伎役者を評価しない。なぜか。玉三郎はすらりとしたスタイルを維持し、顎の線もシャープだ。六世歌右衛門もそうだった。生涯、体型には注意をはらっていた。その点で藤十郎はでっぷりとした体格になり、顎も三重になってしまった。この姿ではとても城を傾けられるものではない。扇雀のころの藤十郎は綺麗だった。『高野聖』の半裸の扇雀は凄い色香がただよったものだ。『助六』の揚巻を演じても、悩ましいほどいい女だった。しかし今はその女形はいない。体型を維持し、いい女形あり続け、歌舞伎の頂点に立っているのは玉三郎なのである。
 吉永小百合さんが玉三郎についてこんなことを言われている。
「『四谷怪談』だったかな、着物を深く縦に合わせて来ているんですけど、それがめちゃめちゃ色っぽく感じて……」
四谷怪談』と言われるから、玉三郎の演じたのは「お岩」である。このドラマの中でお岩の着物はとても地味だ。それに後々幽霊になることを観客は知っているから不気味ないでたちと言ってもいい。にも関わらず、観客に色っぽさ感じさせてしまう玉三郎。その実力は底が知れない。