先週のことである。ワシャの歌舞伎仲間が所用で上京した。その折に歌舞伎座に寄って幕見を楽しんできたそうな。うらやましい。
例年なら、多いときには月に2〜3回は東京に出かけたものである。先代の歌舞伎座が健在の頃には、所用を済ませたのち、あるいは一泊して翌日に必ず覗いていた。それが今年は、年度当初からの大忙しで、おっと、東京にまったく足を運んでおりませんぞ。だから、新生歌舞伎座にも行っていないのだ。あ〜情けない。
友だちに聞けば、今の幕見はエレベータで4階まで駆け上がるらしい。昔は石の階段を4階まで上がったものだが……これでお年寄りも幕見がずいぶん楽になったろう。
友だちが観たものは、第二部の「色彩間苅豆」(いろもようちょっとかりまめ)、いわゆる「かさね」である。「かさね」と言われても知らない人は知らないですよね。要するに怪談物と思っていただければいい。
友だちは、二幕目の最初の「髪結新三」が観たかったようだが、季節から言えば「かさね」が相応しかったでしょうね。八月歌舞伎で、艶色から怪奇へ移り変わるかさねを観て、間(ちょっと)の背筋の涼を楽しむ、これがいいじゃぁあ〜りませんか。
歌舞伎座、行きてー!
そんなワシャを歌舞伎の神様が憐れんでくれたのか、昨夜、NHKで四月大歌舞伎が2時間にわたって放映された。もちろん見ましたがな(泣)。演目は「寿祝歌舞伎華彩」(ことぶきいわうかぶきのいろどり)と「弁天娘女男白波」(べんてんむすめめおのしらなみ)。
「寿祝歌舞伎華彩」は杮落しでも、その冒頭を寿ぐとてもお目出度い演目である。これは昭和天皇即位の時に、それをお祝いしてつくられたものだそうな。それをここで盛ってくるとは、松竹、なかなかやりますな。
それは評価をするものだが、それにしても主役の鶴がいけない。鶴ですぞ。細い首の立った華奢で優雅な鶴が、いくら大御所とはいえ、山城屋ではいただけない。腹回りなんかは豚なんだから。
六代目歌右衛門は終生その細身をキープした。それは姫や鶴を演じる女形にとって必然だったのである。玉三郎でもそうでしょ。それが坂田藤十郎は、御存知のように肥満体。いくら人間国宝といってもねぇ。
なぜ、この鶴を玉三郎にしなかったのか、疑問だ。
実は疑問じゃないんだけれど。つまり黙っていても客の入る口開けに、玉三郎をもってくるのはいかにももったいない。ここは人気はないけれど重みだけはある藤十郎に花を持たせて、玉三郎には、滝夜叉姫で第二部に客を引っ張ろう……そんな魂胆ですかね。
「弁天娘女男白波」もよくなかった。まず主人公の菊之助が菊五郎である。御年70歳のご老人である。いくら白粉を塗りたくっても、衰えた肌やたるんだ顎は隠せません。本来ならこの役は勘三郎の役どころだったのだろうが……せめて息子の菊之助を出せなかったのだろうか。菊之助、上手くなってきましたよ。
南郷力丸を演じた市川左団次も正直面が顔に出過ぎて、それに老齢のために勢いがない。ここいらも若手が起用できないものかね。
留めは、鳶の頭である。この役に松本幸四郎を持ってきたが、これがやはり年老いた鳶頭で、爺さんと爺さんがもめたって火花が散らないから客にはハラハラする危機感が生まれない。
もう少し役者がそろっていれば……そう思わざるをえない杮落しであった。それでも、歌舞伎座に行きたい。それは変わりがない。