新幹線でのちょっとしたこと

 東京駅午後8時26分発こだまはいつものことながら混んでいる。獺祭にほろほろと酔いホームを過ぎる空っ風が心地いい。名古屋行きこだまの最終は、品川、新横浜でほぼ満席となる。ワシャは、比較的前のほうに並ぶことができたので、14号車の前(トイレに近い方)から入ってすぐの1Aの席に座った。いつもなら1Eを押さえるのだが、今回は気まぐれに3人席の窓側にした。2人席で最近はずれが多かったからね。
 東京駅での乗客は多い。ワシャの横1Bもすぐに埋まった。運のいいことに油ギッシュな男ではなく、大きなキャリーバッグを引っ張る20代後半と思しき女性が座ってくれた。1Bを空けて1Cに座ってくれると圧迫感がなくてありがたいのだけれど。だからワシャの足元も女性の足元にもそれぞれのキャリーバッグが置かれて、とても窮屈な状況だ。どちらにしても空けた席は品川で埋まるだろうから、不仕付けなおっさんに座られるよりいいや。
 予想どおり、品川で乗ってきた女性が1Cに座って、ワシャは大きなキャリーバッグ2つと女性2人に雪隠づめのような格好になった(笑)。新横浜を過ぎ、背後を確認すれば14号車はやはり満席になっていた。
 1Cに座った女性は三島で降りた。1Bの女性は疲れているのだろうか、シートを倒して眠っている。ワシャはというと、1Aでパソコンのキーボードを打っていた。
 毎回のことなのだが、この名古屋行きこだまの最終は静岡までが混む。静岡を過ぎると車内は閑散としてくる。1D1E、ワシャの後ろの2のABCDEも空席となった。しかしワシャの隣の女性は動かない。よほどワシャの隣が気に入ったのか(そんなわけはないね)、1Bから移ろうとしないのだ。掛川を出れば、もう14号車はガラガラになる。ワシャが通路側に座っていれば静かに席を移動するのだが、席を立つことすら億劫なほど疲れているのだろう。女性はキャリーバッグに突っ伏すようにして眠り続けている。
 掛川を過ぎてしばらくたったころ、女性のスマホが動いた。女性は起き上ってスマホを持ってドアから外に出て行った。浜松の手前でけっこうきついカーブがある。そこに差し掛かって車両が北側に傾いた。その傾斜で女性のキャリーバッグがコロコロと動きだし1Bから通路を渡って1Eに移ってしまった。
「あらららら」
 ワシャがキャリーバッグを見送ったあと、女性が戻ってきて、1Bにキャリーバッグがないことに驚いて、ワシャを見る。それからワシャの視線をたどって1Eにたどり着いているバッグを発見し、またワシャのほうを振り返った。
「今、車両が傾いたでしょ。だからそっちへ移動しちゃったんですよ」
 と、言い訳ではないんだけれど、ワシャがなにかをしたと思われてもいけないのでそんな弁明をした。
 その女性はほっとしたように笑って「そうでしたか」と答え、キャリーバッグの横の1Dに座ったのである。結果、キャリーバッグが女性の移動を促した格好だ。ワシャはようやく1Bに移ることができ、寸詰まっていた足を解放することができた。あーよかった。
 これがきっかけで垣根が取り払われたみたい。浜松を出たところでワシャは軽い感じでこう切り出した。(以下ワシャは「ワ」、女性は「L」)
ワ「もしかしたら三河安城までですか?」
 賭けですな。浜松の先には豊橋三河安城しかない。名古屋へ行くならもっと遅い時間のひかりがある。2分の1の確率だったが、それが当たった。
L「ええ、三河安城まで行きます」
ワ「あら〜、ぼくも三河安城なんですよ」
 ここでは「オレ」なんて言わない(笑)。
ワ「珍しいですよね、ちょくちょく東京に行くんですけど、帰りの新幹線で三河安城まで乗る方と隣になったのは初めてです」
 そんなにちょくちょく行かないんですけどね(笑)。
L「私、西尾市なんですよ。豊橋でもよかったんですが、三河安城まで両親が迎えに来てくれるって言ってくれたので」
ワ「ぜひ三河安城を利用してください」
 地元民なので、三河安城の利用促進を薦めておいた。
L「東京でお仕事だったんですか」
ワ「はい、セミナーの司会をやってきました」
 仕事じゃないんですけどね、それも単なる進行係でしかないですが、ちょっと見栄をはってしまいました(笑)。
ワ「あなたもお仕事ですか」
L「ええ、年末年始はずっと仕事だったので、ちょっと遅い帰省なんです」
 そういって自嘲的に笑った。東京からずっと寝ていたことと、少し表情が疲れていることから、多分、この列車に乗る直前まで、仕事をしていたのではないだろうか。
ワ「じゃぁ、のんびりできますね」
 女性は、ホッとしたようないい笑顔を見せた。
 豊橋を過ぎて、三河安城に近づいてきたころ、ワシャはおもむろに席を立ち、ジャケットを羽織る。それを見て、女性も降車の準備を始めた。もうなんだかツレのようになっている。ワシャが先頭で連結部のスペースに出て、女性は後に続いてきた。ワシャは沈黙が苦手なので、つい話を接いでしまう。
ワ「帰省は久しぶりなんですか」
L「半年ぶりくらいかなぁ」
ワ「へー、けっこう帰っていないんですね」
L「お金もったいないし」
ワ「そうっスよね」
 背後で女性が「クスリ」と笑うのがわかった。
 こだまが三河安城で停車しドアが開いた。
ワ「お先に」
 と、振り返って会釈をすると女性も笑顔で会釈してくれたのだった。単にそれだけのことなんだけど、なんだかとても優しい気持ちに包まれた。無言を貫いて他人との交渉を断絶していくのもいいけれど、袖すりあうも多生の縁というではあ〜りませんか。わずかな時間だけど、娘のような年頃の女性の笑顔がみられて楽しい時間になった。

 そんなことが帰路にあったんですよ。