掘り出し物で幸福感

 積み残した仕事があったので、午前中の涼しいうちにを片付けておこうと、朝から出勤していた。
 ううむ、休日のオフィスには誰もいないので、とても静かである。邪魔が入らないので、仕事が捗ること捗ること。

 昼前には仕事に切りをつけて、その足で近くのブックオフに立ち寄る。今日は自転車なので、沢山買わないもんね。昼食前だし、今晩読むくらいの本があればいい。前カゴに納まる程度、新書や文庫などを10冊ほど見つくろおうっと。
 物色すること15分、きっかり10冊を選び、新書コーナーからレジに向かった。途中に美術書などが並ぶ棚がある。そこを素通りすればよかったのだけれど、つい「志野」という文字を目が捉えてしまった。あの位置で「志野」とあるのは、間違いなく焼き物の「志野焼」のことである。陶芸好き、器好き、とくに志野碗が大好きなワシャは、きびすを返して、その棚に取り付いてしまった。
 ワシャの眼が捉えたのは『愛蔵版 日本のやきもの』(講談社)の第4巻。背表紙に「志野 織部 黄瀬戸 瀬戸黒」とある。この「志野」に眼が引っ掛かった。縦36cm横26cmの箱入りの豪華本で、中を開けば、おおお、絵志野水指「古岸」がカラーででかでかと載っているではあ〜りませんか。こんな大きな「古岸」の写真は今まで見たことがない。写真を計ってみると「古岸」の高さか18cmあったからほぼ実物大である。ううむ、凄い迫力だ。
 1ページめくると重要文化財の「白目天茶碗」、その次は国宝の「卯花檣(うのはながき)」である。こちらも大きな写真が掲載されている。多少高くても買いだな。そう思って、箱に貼ってある値段シールを確認する。
「1000円か、まぁこのサイズの本だしね、そんなところが相場だろう……え?」
 よく見ると、シールには「105円」と打ってある。打ち間違いか、と思って、全8巻全部を確認したが、どれも「105円」だった。
 ワシャは全8巻を抱えて、レジに向かったことは言うまでもない。家へ帰ってから計量したのだが、なんと全集だけで15.8kg、他の本まで含めると20kgもあった。

 レジを済ませると、本は5つの袋に分けられた。店員が「お車までお運びします」と言ってくれる。腰にも影響が出そうなので、お言葉にあまえて運んでもらう。でも、運んだ先が自転車だったので、店員さんは苦笑して店にもどって行った。
 そこからが大変だった。20キロの本を自転車で運ぶというのは至難の技ですぞ。ワシャは前カゴに全集4冊、左右のハンドルに2冊ずつ、サドルにその他の本の入ったレジ袋を引っ掛ける。荷台のないタイプなので、これしかやりようがない。ショルダーバッグはもちろん肩にかけて、ブックオフから自宅まで、炎天下、30分も自転車を押して帰ってきたのである。自転車道の登り坂など、ほとんど修行のような有様だった。
すれ違う人に「このオッサン、なにしているの?」というような冷たい視線を浴びながら汗だくで帰宅したのだった。

 今、一汗流して、全集を眺めているのだが、これがなかなかいい本である。60ページのカラー写真と30ページの解説から構成されている。写真はそれぞれが大きく、ワシャの持っている焼き物本の中でも一番だろう。解説は水上勉井伏鱒二など一流どころがエッセイを書いていて、これまた読み物としておもしろい。また陶芸の専門家たちが、それぞれの焼き物を読者に判りやすく解説してくれている。
丹波焼」の巻をめくっていて、以前に丹波篠山で逢った「窯変四耳壺」を発見しましたぞ。懐かしや。相変わらず、いい釉の流れっぷりですな。志野もいいけれど、丹波もいい。もちろん信楽も、備前も、常滑も……ってやっぱり陶器ってどれもあったかくていいのでした。
 児童文学者の椋鳩十がこう言っている。
「陶器にしても、絵画にしても、彫刻にしても、定評のある古美術に接するということは、たしかに、心の中に、ぼうと、あかりが射し込むような何ともいわれぬ幸福感をかんじるものである」
 おっしゃるとおり。