原発大爆発2周年を目前にして

 ワシャは菅直人首相(当時)が極め付きで嫌いだった。理由は山ほどある。卑怯、夜郎自大、嘘つき、と3つ並べただけでも、お付き合いするのは御免被りたい。
 その点、野田佳彦首相(当時)はそれほどでもなかった。朴訥そうにみえたし、嘘つきには見えない。これなら少し信用してもいいか……と思わせる人物だった。
 しかし、平成23年12月16日の「収束宣言」
http://www.kantei.go.jp/jp/noda/statement/2011/1216kaiken.html
で、ああこの男も傀儡であり、既得権益を守るためなら国民に嘘をつくことを厭わないのか、と思ったものである。
《私が本部長を務める原子力災害対策本部を開催をし、原子炉が冷温停止状態に達し発電所の事故そのものは収束に至ったと判断をされる、との確認を行いました。》
 この男は「収束」と言い切った。「おさまりがつくこと」ということである。「福島第一原発に収まりがついた」と国民に言い放った。「収束」は音として「終息」にもつながり、「終わった」という印象を国民全体に送ってしまったのである。このことでリテラシーのない多くの国民が「あ、福島の事故は終わったんだ」と安堵し、このことが福島から国民の興味を殺ぐ結果につなげてしまった。経済界、東電あたりとつるんでいる官僚に言わされたにしろ、この罪は大きい。
 現実に「収束宣言」の出たその日も、福島第一原発は大混乱を極めており、作業員は無能な首相のたわ言を嗤っていたという。
 そして、未だに高放射線量を維持している3号炉は手つかずのままである。

 下のニュースは、福島県民が原発事故で避難している住民が、少なくともあと4年は故郷に戻れないと伝えている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130310-00000004-asahi-soci
 そんなものではなかろう。チェルノブイリ周辺のことを考えれば10年、20年先でも戻れるかどうか……。

 ワシャは故郷を殺してしまう放射能を恐れるし、それを制御しきっていないにも関わらず、発電を再開しようと画策する経済人が嫌いである。もちろんそれをきちんとした検証もなしに後押しをしようとする政治家も嫌いだ。
 北海道は、原発なしでこの冬を乗り切った。日本人は原発なしでも十分にやっていける。浜岡原発でも、わけのわからない万里の長城を造るのではなく、その資金を新エネルギーの開発に回せば、オーランチオキトリウムでも地熱発電でも目途をつけることができそうなものだ。経済界も利潤の追求ばかりではなく、たまには国のため国民のために金を使ってみろよ。