丹羽宇一郎氏のご高説(笑)

 14日の日記で書いたとおり、昨夕、湯船につかりながら「文藝春秋」2月号を読んでいた。そこで思わず大爆笑をしてしまった。隣家の人は風呂でゲラゲラ笑うワシャのことを気がふろたのかと思ったに違いない。
 ワシャに大受けをしたのは「日中外交の真実」という論説である。書いたのは前中国大使の丹羽宇一郎。この論説がユーモアで書かれたとするならこの人の笑いのセンスは素晴らしい。しかし、まじめに書いているのだからどうしようもない男である。自身を大西郷と並べて鼻高々なのだから困ったものだ。
 西郷隆盛の遺訓を引いて「命もいらず、名もいらず官位も金もいらぬ人は始末に困るものなり。此の始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られるなり」これが私(丹羽)です、と言ってはばからないのだから敵わない。
 この人、自署の『人は仕事で磨かれる』(文藝春秋)の中でも、自分を「秀吉の盟友丹羽長秀の末裔ではないか」と言っている。その根拠が、祖父が古武士風だったというからお笑いだ。余程、偉い人にあやかりたいんだね。
 おっと話が逸れた。「文藝春秋」2月号の丹羽中国大使(当時)のことである。全12ページに及ぶ論説はほぼうぬぼれと言い訳に終始している。
例えば、尖閣支那の漁船が海上保安庁の船舶に体当たりしてきた事件で、早朝、丹羽大使は中国高官に呼び出されてホイホイと足を運んでしまった。この卒然たる行動は一国を代表する大使としていかがなものか、という批判が巻き起こった。
 これに対し丹羽はこう弁明する。
「私が足を運ばずに事態が収拾するのであれば、その選択もできたでしょう」
だから未明の呼び出しにも、番犬のようにすり寄っていったのだ、というのか。まず、事件は起きてしまっている。まずはそのことに関連して情報を収集する。御用聞きではないのだから呼ばれたからといってあたふたする必要はない。本国とじっくり対応を検討してからでも遅くはあるまい。なにしろこの人は軽率に過ぎる。
また、「私が足を運ばずに事態が収拾するのであれば……」と言うが、何度足を運んでも事態は収拾しなかった。事実を直視しろよ。
 大使公用車の国旗を奪われた件については、こう言い繕う。
《国の象徴である国旗を奪われたことについては怒りを覚えますし……》
 その後、中国外交部には抗議はしたそうだ。それだけかい。
 在任中、丹羽大使のやり口が手ぬるすぎるので「弱腰外交」とか「きちんと日本の立場を主張できていない」など批判を去れたことに対してはこう反論する。
《私は中国外交部が嫌がるほど、「尖閣は日本の固有の領土であって、領土問題は存在しない」と言い続けてきました。》
 そしてこううぬぼれる。
《中国外交部では、「丹羽大使ほど、日本の主張をはっきり口にする人間はいない」と言っていたそうです。》
 まず、中国外交部は、本当に嫌な相手には会わない。会って食事をしたり酒を飲んだりできるのは、よほど薄甘い相手だと思われていたのか、あるいは伊藤忠のころに嗅がせた鼻薬が効いていたのかはわからないけれど(嘲笑)。
 おもしろいフレーズもある。
日本は支那中国の漁船や公船が領海侵犯をしているというが、支那中国にだって言い分はあるんだと前置きをしてこう言う。
《日本側もジャーナリストを乗せた船舶が上陸しようとしたり、》
 これってコラムニストの勝谷誠彦さんのことですよね(笑)。
 
 そしてなによりもこの人の駄目なところは歴史認識が甘いということである。その程度の認識で、支那中国に有利な言説を開陳するから困ったものだ。あ!そういう意味では困った人なんだね。
「中国が尖閣諸島の領有権を主張し始めたのは1971年からである。しかし、沖縄返還前の琉球政府が日本領を明確にするために標杭を立てたのは1969年でほぼ同時期だから目くそ鼻くそなので声高に主張しないほうがいい」と言う。
 違う。丹羽が雇われていた外務省のホームページには1885年と記載されており、
少なくともそこで禄を食んでいたのだから、そこに依拠しなければだめでしょう。
「向こうの政治局委員や政府高官はものわかりがいいから、日本が犯した過去の悪いことを反省して従順になれば許してくれる」
 とこのオッサンは言う。そして引き合いに出すのが、またまたフランスとドイツの国境の話だ。朝日新聞も丹羽もこれしかないんだね。
 だからフランスもドイツも自由を愛し民主主義を守っている国なんだって。一党独裁共産党帝国とはまったくその国柄が違う。そこを混同してはならない。
 このオッサン、チベットウイグルにも現状を知るために視察を行ってきたと自慢する。
チベットウイグル自治区にも足を運びましたが、中央政府からの経済援助もあり、日本と変わらないようなビルが立ち並び、北京と同じような車が走っているのが意外でした。》
 中国共産党のお膳立てに乗っかって表層ばかり眺めてきてどうするの。現実はどうなのか、少数民族の真意はどうなのか、そこを掘り起こさなければただの観光旅行だわさ。

 とにかくこんな人物が大使から更迭されたことでとりあえずはホッとしている。どちらにしてもこんなに突っ込みどころ満載の論説はめったにない。