汐見坂

 ホテルオークラの周辺は坂が多い。汐見坂、江戸見坂、霊南坂、榎坂、桜坂、鼓坂、スペイン坂、三谷坂、道源寺坂……。
 虎ノ門界隈は坂の町と言っていい。

 江戸の頃、この辺りは江戸城虎之御門(とらのごもん)南に広がる武家屋敷だった。ホテルオークラ本館は、近年の忠臣蔵で悪役に甘んじている柳沢吉保上屋敷跡に立っている。ここから吉保は、虎之御門、桜田御門を経て、将軍綱吉の待つ江戸城に登城していた。
 今の地理で言うと、ホテルオークラ北側にある発明会館と財務省印刷局の間の道を北にむかい外堀通りにぶつかった辺りが虎之御門である。現在の地下鉄虎ノ門駅が虎之御門跡と思えばいい。そこから桜田通りをまっすぐ北上する。

 右手をごらんくださ〜い。手前に見えますのが、総務省、その向こうが経済産業省、そのまた向うが農林水産省と続きま〜す。
 左をごらんくださ〜い。手前に見えますのが、文部科学省、その向こうが天下の財務省、潮見坂を越えた北にありますのが外務省でございま〜す。
 日本の中枢である霞が関を突ききって、その先が桜田御門となる。

 さて、今日のお題の「汐見坂」である。江戸の町には「しおみ坂」が多い。霞ヶ関にもあるし、三田にもある。もちろん虎ノ門にもある。まぁ江戸湾を望む丘陵地からならどこからでも潮が見えたから、手っ取り早く名づければ「しおみ坂」になっちまいますわなぁ。

 ワルシャワはというと、ホテルオークラ本館北辺の汐見坂を登っている。財務省印刷局を越えた辺りで、登ってきた坂を振り返り見下ろした。むむむ、当たり前だけれど、坂の下には潮は見えない。ビル群の中にアイボリーの新日鉱ビルが高々と立ちはだかっているばかりである。江戸の世であれば、愛宕山の左手に浜御殿、その先に江戸湾、その向こうに房総の山々が見えただろう。
 今は、昔の咄である。