私の嫌いな恵方巻き

 歌舞伎に「雪暮夜入谷畦道」という狂言がある。「ゆきのゆうべいりやのあぜみち」と読む。これが今度、御園座に掛かる。遊び人片岡直次郎と、その色である三千歳(みちとせ)の悲恋を描く。
 その見どころに「入谷蕎麦屋の場」で直次郎が蕎麦を食うところがある。粋でいなせな直次郎は、ほんの2〜3本を箸でたくし上げ、その末端をほんの少しだけ汁につけてツルルッと一気に呑みこむ。これが江戸っ子の蕎麦の食い方である。
 このシーンには、冒頭、対照的な人物が登場する。蕎麦を口いっぱいに頬張って、グチャグチャと咀嚼する岡っ引きだ。これは野暮ったい。

 さて本題の恵方巻きである。ワシャはこの恵方巻きが大嫌いだ。太い巻寿司をまるまる一本わしづかみにして、立ち上がって、恵方を向いて、丸かじりにする……こんな野暮ったいことをやるというのがワッチにゃぁ理解できねぇ。

 起源はいろいろあるようだが、どの話も嘘くさい。豊臣時代だとか、江戸時代初期だとか、まことしやかに言われているが眉唾である。実際のところは、1970年代に太巻き寿司の販売促進をしようと、どこぞの田舎のオッサンが考案したものが、野暮な連中の手によって徐々に全国に広がっていったものだろう。同じ便乗商法でも、バレンタインデー、ホワイトデーなどはロマンチックであり可愛げもあるが、恵方巻きだけはいただけない。だから、一度もこんなマヌケな格好で巻寿司をいただいたことはないわさ。
 今朝の朝日新聞の中部版一面に椙山女学園の幼稚園児たちが、自分の足よりも太い巻寿司を手づかみで食っている写真が載っている。見るからに下品な写真だった。

 こんな下品な便乗商法に乗せられるのは止めましょうよ。

 
 午前9時16分、メールをチェックする。コラムニストの勝谷誠彦さんのメルマガが届いていた。題は〈恵方巻き 私の中では 痴呆巻き〉である。わが意を得たり。