『柿の種』の地震の話

 物理学者の寺田寅彦関東大震災に遭遇し、いろいろなところに地震の話を書いている。昭和8年に出版された随筆集『柿の種』の中にもいくつか散見される。
 大震災の二日目に、火災が自宅のあたりまで及んでくるという流言を聴いて、寅彦先生、大あわてで立ち退きの準備をする話がある。その時に「飼い猫をどうしたらいいのだろう」と悩んでいる。今でも災害時のペットの扱いが問題となっているが、88年前の大災害でも同様の悩みがあったようだ。
 その猫のエピソードの中に、唐突に「原子爆弾」という言葉が出てくる。
《「放たれた世界」を読んでいると、「原子爆弾」と称する恐るべき利器によって、オランダの海をささえる堤防が破壊され、国じゅう一面が海になる》
 ほほお、もうこの時期に「原子爆弾」なる概念が存在していたんですな。そして寅彦先生は、それが恐ろしいものであることも認識しておられる。さすが日本最高の物理学者だ。しかし、「原子爆弾」がばら撒く「放射線放射能」については触れられていない。実は、こちらのほうがもっと厄介なものなのだが……。

 その随筆集にこんな話もある。
《震災の火事の焼け跡の煙がまだ消えやらぬころ、黒焦げになった樹の幹に鉛丹(えんたん)色のかびのようなものが生え始めて、それが驚くべき速度で繁殖した。》
 寅彦先生、焦土に盛り返してくる新たな生命の先駆者としてこのかびの出現を喜んで見ている。
《三、四日たつと、焼けた芝生はもう青くなり、しゅろ竹や蘇鉄が芽を吹き、銀杏も細い若葉を吹き出した。》
 理不尽な災害がどれだけ国土を破壊し、焼き尽くそうとも生命は必ず蘇ってくる。今、甚大な被害を被られた地域は焦土と化している。でも、いつの日にか復活の日がやってくるんだ。寅彦先生は、そう後世の我々に言ってくれているような気がします。明日を信じて災害の復旧、そして復興に向け日本人が手を取り合って耐え忍ぼうではありませんか。

 すでにテレビではパチンコ屋の不愉快なCMが再開された。連日、仁科明子オシムばっかりでばかりで飽き飽きしていたが、それでも賭博場のCMを目にするよりどれほどマシか。
 今は国難である。東日本の被災地では塗炭の苦しみを強いられている。西日本の我々が賭博にうつつを抜かしている場合か。パチンコでする金があるなら被災地に義捐金として贈りましょう。そのほうが余程すてきだと思いますがいかがですか。