本のつながり

 昨日は鬼怒鳴門(キーンドナルド)さんの本について書いた。その本と一緒に買ってきたのが「文藝春秋」3月号だった。これが久々に内容が充実していた。

 巻頭随筆のトップをきるのが作家で数学者の藤原正彦さんである。作家の新田次郎さんの息子であり、赤ん坊の時の藤原さんは司馬遼太郎のエッセイにも登場してくる。

 考え方はしっかりとした保守であり、数学者であるのできっちりとしたデータによってモノを言われるところがいい。

 今回は「持統天皇に背いた私」と題して、「賭博」について書いている。

《ヨーロッパのカジノでは身分証提示のほか、男性は黒スーツ、少なくともジャケットとネクタイ着用、女性はロングドレスといった決まりがあり、パチンコ屋と違い気軽には入れないから依存症は少ない。》

 としながらも、懸案をいくつか並べている。

《金儲け目当ての我が国が敷居を高くするかは疑わしい。》

資金洗浄の場として利用される》

 そして、最大の問題として《品格ある国柄の棄損》を挙げている。

 ここで持統天皇が登場する。飛鳥時代持統天皇が当時流行していた賭博を禁止したのだ。以降、日本はたびたび賭博禁止令を出している。これを藤原さんは美風と考え《今回のIR推進とは、単なる経済政策の一つではなく、「賭博は不道徳」の伝統を捨てることなのである。》と指摘している。賭博を嫌った日本を擁護する外国人の話も出てきて、短いエッセイだが切れ味のいいものだった。

 同じく巻頭随筆に「キーン先生の孤独」と題されたものがあった。青山大学客員教授の小池政行さんの随筆だ。小池さん、昨日、ここで紹介した『戦場のエロイカ・シンフォニー』(藤原書店)のインタビュアーであった。本と雑誌がつながった!戦友や司馬遼太郎に先立たれた晩年のドナルド・キーンの孤独がよくにじんでいる文章だった。

 中身に目を移すと、倉本聰さんが《「やすらぎ」俳優、理想の「死」を語る》と題して、現在放送中の「やすらぎの刻」を中軸にして「死」「死生観」について書かれている。倉本聰ときて「死」がテーマなら、ワシャが食いつくいのは当然だった。「尊厳死」「安楽死」「理想の死に方」などが倉本さん独得の語り口で、これもおもしろかった。

 倉本さんのページから10ページも繰らないところでワシャは声を上げてしまった。よく知った顔が写っていたからである。題は《進次郎必読!西尾市長の「夜だけ育休」日記》というものである。著者は愛知県西尾市長の中村健さんでその顔写真が大きく写っていたのでビックラこいたのだった。

 中村市長とは地元が近いだけに、ほんの少しの交流がある。年に何度かだけれど、西尾や安城で懇親の宴をもっている。前向きで、ひた向きないい首長だと思うが、どうも足元を支えているブレーンに左巻きが混じっているようで、そこだけを懸念するものである。

 しかし、この「夜だけ育休」は快哉を送っている。だいたい地元の会合だとか、政治的な集まりだとかは、形式ばかりで意味のないものが多すぎる。延々と続く無味乾燥な政治家の演説、あんなものは百年聞いたってまったく役に立たないものばかりで、10分の演説を100人に聞かせれば16時間もの人の時間を無駄にしているようなものである。それだけの時間があってごらんなさいよ。本なら10冊は読めるし、草鞋を編んだって20足は編めまっせ。

 つまらない政治家のつまらない演説ほどつまらないものはない。そういった意味からも中村市長のこの英断は、つまらない大臣の「育休宣言」よりもインパクトのある、価値のあるものだと思っている。

 身近な人の手記だけに、これは興味深く読ませてもらった。

 巻の真ん中あたりにカラーの折り込みのページがある。《その風を得て 玉三郎かく語りき》という連載で、ここは歌舞伎ファンのワシャは楽しみにしているのじゃ。ここばかりは毎回の見どころ、読みどころなのだが、今回の玉三郎の写真がいいですねぇ。「鏡獅子」を玉三郎が舞っているその一瞬をとらえたもので、玉三郎演じる獅子の精が丸まって飛び上がる瞬間の一枚となっている。これが神がかっている。白頭を逆立てて、その白髪の中に美麗な隈取が垣間見える。飛びあがった姿の均整もいい。まるで一匹の獣が敵に対して最大の威嚇をしているようだ。何枚もの写真を見てきたけれど、これほどの迫力ある歌舞伎写真は見たことがない。

 このところ大向こう席からしか歌舞伎を観ていないが、久しぶりにA席あたりから観たいものじゃ。

 今月号の特集の《「ニセ科学」医療に騙されるな》に侍の本庶佑先生が寄稿しておられた。《『がん免疫療法』の正しい理解のために》と題し「科学的リテラシー」のない日本人に警鐘を鳴らしている。「ペプチドワクチン」の欺瞞性、「オプシーボ」の課題と未来などが、解かりやすく解説してあった。

 また同じ特集で《漢方薬はもっと有効に使える》というオックスフォード大学の新見正則氏の論文も興味深い。ワシャは、漢方を愛好するものであり、『漢方概説』(創元社)、『東洋医学概説』(創元社)など20冊ほどを所有している。それらを読むと、即効性は西洋医学になるだろうが、長期的な治癒を考えると漢方というのは極めて良好な治療だと思える。処方を患者に合わせていく。薬なんかもどんどんと偏向して、その人に合うものを見つけ出すというところがいい。

《「漢方」は事前に「エビデンス」が明らかでない分、「まずは使ってみる」ことなしには、なにも始まらないのです。》

 ワシャもそう思う。

 そして今月号には、第162芥川賞受賞作『背高泡立草』が掲載されている。こりゃ楽しみだ。ゆっくりと読むことにしようっと。