閑話休題で「お能」の話 その2

(上から続く)
「鶯」という狂言をはさんで、後半は「巻絹(まきぎぬ)」という曲目である。物語はどうでもいい。問題は小鼓である。
「忠度」の小鼓は後藤孝一郎さん、年を召した老爺だが小気味の良い小鼓を打った。上手い。よれよれなのだが、ぴしゃりといいタイミングで小鼓を鳴らす。「いよー」「よう」などの掛け声も絶妙で安定感がある。謡を邪魔することなく、しかし、きっちりと舞台の引き締め役を務めていた。
 ところが「巻絹」の小鼓は若い人だった。掛け声も小鼓も上ずって、能舞台全体に馴染んでいない。これが年季というものなんでしょう。今後のご精進を期待します。

 さて、「巻絹」を観ているときに解説を読んでいて、知らない文字に突き当たった。「イロヘ」である。え?なに??「イロヘ」???全然、聞いたことがない。そもそも「いろえ」と読むのか「いろへ」と読むのかさえも解かりませんぞ。

 早速、電子辞書で調べたが載っていない。自宅にもどって、『広辞苑』の最新版にあたったが掲載されていなかった。ネットで検索しても出てこない。能の本にも何冊あたったか知れない。でね、ようやく語意を知ったのは『日本国語大辞典』だった。
 
 意味は、お能で、クセの前に、シテが放心とか、たずね求める雰囲気を表すため静かに舞台を一回りする短い舞ことだそうな。優雅な女性の役に多い。ああ、だから「巻絹」の巫女が舞うところに「イロへ」と書いてあったのか。因みに「イロヘ」と書いて「イロエ」と読む。
 ここからは、「イロへ」を調べていて、棒に当たった。「イロヘ」を調べていると、その語源が気になってしまう。だから、『日本国語辞典』の「いろえ」の前後の【色絵】、【綺(いろえ)】、【色(いろう)】、【弄(いろう)】などの項も読んでみる。そうすると【色】のところに『風姿花伝』が引用されているではないか。
《物数をば、はや初心に譲りて、安き所を少な少なと色えてせしかども……》
 そうか『風姿花伝』第一の五十有余の章にある言葉なんだ。ここでは「いろどり」というような意味だろう。つまり、クセ(一曲の中心部分)の前で物語に「いろどり」を添える舞だから「イロヘ」か。