舞台二題

 春ですねぇ。いいですねぇ。
http://www.miyako-odori.jp/odori.html
「ヨーイヤァサー」の鈴のような掛け声が聴こえてきそうですぞ。あああ、京都に行きたいなぁ。

 一昨日に続いて歌舞伎の舞台の話も。
 3月の御園座の昼の部に「黒塚」がかかる。元は能の「安達ヶ原」で、奥州安達ヶ原(福島県二本松)あたりを舞台とした舞踊劇である。場面は三景。一景は能風、二景は月明かりを模した照明を利用したロシアンバレエ風の新舞踊。三景は歌舞伎風を楽しみたい。
 これは初世猿翁(二代猿之助)が得意とした十種の舞踊劇の一つであり、世に「猿翁十種」という。「黒塚」の他に「悪太郎」「高野物狂」「小鍛冶」「独楽」「二人三番叟」「蚤取男」「花見奴」「酔奴」「吉野山」がある。
「黒塚」は、猿翁が昭和14年に初演してから、昭和34年の京都南座まで都合14回。三代目が昭和38年の歌舞伎座で初演して、病に倒れるまで演じ続け、30回以上舞台に掛けている。そして当代(四代目)の猿之助が岩手を演じる。この演目は、澤瀉屋、それも猿之助にしか演じられないものである。
 初世がこんなことを言っている。
「舞台でひとつものを百ぺんかけないとものにならない」
 一興行が25日として、4回で100日だ。猿之助父子は44回以上かけており、少なくともこの演目を1100回舞台に掛けている。完成された家の演目と言っていい。
 当代は、新橋演舞場で黒塚を初演した。そこで25回、今回、御園座で25回やったとしても、初世のいう百ぺんには届かない。つまり、当代の完成されていない「黒塚」が見られるということである。家の芸としては「黒塚」は今後も上演され続けるだろう。いずれ2〜3年以内には完成し、またその完成形を観るのも楽しみである。
 物語は、熊野那智・東光坊の阿闍梨・祐慶の一行が、陸奥・安達原にさしかかるとことから始まる。日はとっぷりと暮れ、見渡す限りの原野に野宿を覚悟したところ、遠くにぽつんと灯った明かりを見つける。一行はその杣屋を訪ね、一夜の宿を乞う。
 そこには一人で住する淋しげな初老の女(岩手)がいた。岩手は、月光も射し込むほどの荒屋ゆえに、一旦は阿闍梨らを泊めることに躊躇をする。しかし、疲れ切っている一行を哀れに思って、阿闍梨らを中に招き入れる。 
岩手は祐慶に乞われるままに、糸車を回しながら、人の世の虚しさを嘆く。やがて女は、屋内が寒くなってきたことに気づき、薪を集めに山に行くことを阿闍梨に告げる。その際に、「留守の間、くれぐれも閨(ねや)の内を見ないよう」と念を押して出かける。
 見るなと言われれば逆に見たくなるのが人情。強力の太郎吾が、阿闍梨の戒めも聞かず、こっそりと閨の内を見ると、そこは死体の山。肝を潰した一行は、大急ぎに逃げ出すことになる。
 岩手は薪を集めて帰ってくる。そこで阿闍梨一行が約束を守らなかったことを知り、怒り狂って鬼女となり阿闍梨たちを追いかけるのだった……。
 それにしても岩手は祐慶阿闍梨たちに親切であり、それを裏切ったのは男どもなのである。いくら初老の女とはいえ、女の閨を覗くとはなにごとかということだわさ。でも、覗かないことには、真実を知らないことには、次に続くドラマが展開しない。だから、男どもは女の秘密を知りたいのである。

 因みに、禁止されるとついそのタブーを破ってしまう心理を「カリギュラ効果」と言うのだが、そのだらしのない男の性は、ギリシア神話古事記をはじめ、世界各国の民話に多く見られる。「黒塚」のその一類型である。

 都をどり、京おどりは禁止されていないけれど「ああ、観たい」と思ってしまう男の性。だがこれはカリギュラ効果ではない。