小さいおうち

 第143回の直木賞を受賞した、中島京子『小さいおうち』(文藝春秋)が面白かった。大戦前の時代に東京山の手のサラリーマン家庭に女中として奉公したタキさんの独白を中心にドラマが展開していく。田舎から上京した娘の驚きや、時子奥様との出会い、恭一坊ちゃんのこと、旦那様のことなどが語られている。
 昭和の初めの、東京の中流家庭のあり様が細かく描かれていて、興味深かい。舞台仕立てで言えば、浅田次郎の『終わらざる夏』がNHK大河なら、『小さいおうち』は朝ドラといったところだろう。家族と出入りをするわずかな人物の話を積み重ねていくだけで、最終章までもっていける中島の力量は大したものだ。
その最終章で語り部が代わる。タキさんから、タキさんの甥の息子である健史にバトンタッチして、全編にわたる疑問を解いていく。最終章の最後の結末は「あ」と驚きの声を上げてしまうほどで、そしてしっとりとした余韻の残るいいラストとなっている。
あまり書いてしまうと、まだ読んでいない人の興味をそいでしまうので、適当なところで止めておくけれど、『小さいおうち』を読んで、星野之宣のマンガ『妖女伝説』の中に収録されている「月夢」を思い出した。
かぐや姫を迎えたお爺さんとお婆さんの話である。月に帰ってしまったかぐや姫を慕って八百比丘尼となったお婆さんが、愛する者に次々と置いて行かれてしまう悲劇を描いた名作だ。
タキさんも、素敵な家族と過ごした時をずっと抱えたまま、時に取り残されていく悲しさを抱えているんだろうなぁ、と思うと心がかすかにしんみりとした。
久々に倉庫の奥の段ボール箱から星野之宣の作品を引っ張り出してきて読んだが、う〜む、時と人間を描かせたらこの人の右に出る人はいないなぁ。連作『2001夜物語』にも「小さなおうち」に共通するテーマが流れている。思わぬ作品同士が共鳴して、心に響くというのは何度体験しても心地よい。

 小説でもマンガでも本を読むというのは楽しいものだとあらためて思った。