真っ直ぐ家に帰るつもりが……

 昨日の話である。終業ベルの後、しばらく残務を整理していた。我が社は終業とともに冷房が切られてしまうので、途端に暑くなる。窓を開けると、生ぬるい風が室内に流れ込む。それでも、開けていたほうが未だましだ。
 今日はどこにも寄らずに家に帰ろうと思っていた。そうしたらね、我が社の前の県道を消防自動車が何台もけたたましいサイレンを鳴らして走ってゆくではあ〜りませんか。
「すわ火事だ」
 元消防団員の血が騒ぎだしましたぞ。急いで携帯を鞄から出してメールを確認する。ワシャの携帯には火事や災害の緊急メールが入ることになっているんですね。おおお、なんと駅前商店街で火災が発生したらしい。
 ワシャは、さっさと帰り支度をして通用口を出て、駐輪場に待たせてあった流星号(ワシャの自転車の愛称)にひらりとまたがり、猛ダッシュで駅前商店街に向かったのだった。

 火元は、よく利用する鰻屋のはす向かいのたこ焼き屋だった。もちろん駅前商店街はワシャの縄張りなので、このたこ焼き屋にも何度か行ったことがある。香ばしいカリッとしたたこ焼きを食わせる店で、このたこ焼きをつまみにするとビールがすすむんですね。
 このたこ焼き屋を中心にして駅前周辺にバリケードテープが張られて、交通規制がかかっている。このために駅前は大渋滞となっていた。野次馬も道にあふれてごった返している。でもね、ワシャは火事場見物のプロなのだ。自転車に乗ったまま火事場に近づけば、警察か、もしくは警戒にあたっている消防団員に誘導され火事場には近寄れない。だから、ワシャは流星号を、規制線の手前の店の駐輪場にちゃっかり停めて徒歩で現場に近づく。
 地元である。消防団員も何人か知っている。警戒線の手前で赤い誘導灯を振っていた消防団員に敬礼をして「ご苦労さん」と声をかける。消防団員は気を付けの姿勢を取り敬礼を返してくる。ワシャはすんなりと規制線を越えた。
 現場を見れば、すでに鎮火していた。密集市街地だけに火が拡大しなくてよかった。店内を見れば、すでに消防の査察が入っている。奥の厨房あたりをしきりに確認しているところを見ると、あのあたりが出火場所だろう。
 ひとしきり現場の様子を確認すると、きびすを返して流星号のもとに帰った。
 およよ、流星号を停めたのは、いつもの本屋の駐輪場でした。知らなかった。今日はまっすぐに帰ろうと思ったのに……。
 自転車を停めさせてもらって素通りするのも失礼だ。やれやれ。