怒られ力 その2

(上から続く)
 そのオッサンは若い衆を連れて会社まで乗り込んできた。
「責任者は誰や?」
 オッサンは窓口に来て、ふんぞり返りながらドスの利いた声でそう言った。
「あの電話のオッサンだ」とワシャはすぐに気がついた。電話の相手はワシャなので責任はワシャにある。だから、窓口に出て「こんにちは」とあいさつをした。
 そうするとそのオッサン、手でワシャを払いのけるようにして、「お前やない、もっと偉いンのを呼べ」とごねる。
 結局、背後で聞き耳を立てていた課長と補佐と係長が3人カウンターに並ばせられて神妙な体でオッサンの支離滅裂な罵声を30分ほど受け続けた。一段落したオッサンが、煙草に火をつけながらこう言った。
「で、さっきの電話を受けたのは誰やねん」
 脇の机で仕事をしていたワシャは、さっと手を挙げて「ボクで〜す」と何の衒いもなく答えた。
 一瞬、オッサンの右肩が落ちた。だが、オッサンは態勢を立て直して、ワシャの電話応対の悪さについてあらん限りの罵詈雑言を上司越しに浴びせかけた。
 でもね、怒られ力のあるワシャにとってその程度の罵声など、暖簾に腕押し、ぬかに釘、豆腐にかすがい、柳に風なのじゃ。
 オッサンは上司の頭越しに唾を飛ばしながら喚き続けた。3人の上司も大変だったろう。
 オッサン、ずっと大声を出しているものだから疲れてきた。声も嗄れてきた。肩で息をしながら「はあはあはあ……わかったか、このガキ!」と締めくくった。
 オッサンは悪ぶっているが、それ程のものではないことは、発言の内容のなさから充分に読み取れた。警察の介入も恐いから絶対に手は出さない。机や椅子にはあたるけど、それも壊さない程度にである。見切った。
「え?あのぉ、後半の部分がよく解らなかったのですが……」
「はあはあはあ……後半のどこ?」
「うちの社がお宅様の製品を買わなければならない必然性の部分がもう一つ理解できないんですが」
「もう一回だけやど、ええか……」
 というような吉本新喜劇ばりの応酬が何度もあって、結局、1時間ほどでオッサンと若い衆は手ぶらで帰って行った。上司は唾だらけの顔を拭きながら無言で自席に戻って太い溜息をついた。ワシャのせいでお疲れ様でした。

 ワシャはというと、オッサンのあとを追うように退社して、会社のスキー部の懇親会に行き、女子の皆さんと楽しく痛飲したのだった。めでたしめでたし。