熱い民族 その2

(上から読んでね)
 あれから30年、孔子の弟子3000人がスタジアムに勢ぞろいして竹管を鳴らすまでに情勢は変化した。これはもちろん歓迎すべきこととして考えたい。
ただね、漢民族の若者たちが当局の指示に従って一糸乱れず同じ方向を見つめている絵には背筋に冷たいものを感じてしまった。彼らの熱い踊りが、中国現代史の汚点である「文化大革命」の尖兵として活躍した紅衛兵の行動とオーバーラップしたからである。
 紅衛兵の傍若無人な行為はいろいろな書物に残されている。シェル石油上海支店長夫人の鄭念(テイネン)の手による『上海の長い夜』(原書房)にも、モノの価値のわからない青二才どもが文化財を破壊してゆく様が描かれている。
 康熙帝時代の文化財の酒盃を守ろうとして鄭念が抵抗した時に、若い紅衛兵はこう言った。「黙れ、こういう物は古い文化だ。封建時代の皇帝たちや現代の資本家階級の愚にもつかぬオモチャで、われわれプロレタリア階級には全く重要ではないわ」
プロレタリア文化大革命の目的は、古い文化の破壊にある。われわれを止めることなどできない」
 1966年に始まった未曾有の大混乱で、鄭念を始めとする知識人、学者、芸術家、作家らが犠牲者として次々に血祭りにあげられてゆく。良識派と呼ばれる人々が摺り潰されるようにして殺されていった。一旦、思い込まされてしまった無教養の輩は恐い。
 鄭念は、その時の実行者たちが15歳から20歳ぐらいの高校生が主だったと、証言している。15歳だった少年少女たちは2008年に57歳である。中国全土で起きた批闘大会(集団リンチ)で知識人や学者を殴り殺した連中は今も社会の中で現役世代として存在している。
 文革が燃え上がった上海で、2005年、大規模な反日暴動が起きた。「愛国無罪」と叫ぶ暴徒が日本領事館や日本関連施設に押しかけて投石などの暴力行為に及んだ。共産党政権の情報操作でいともたやすく、人民は燃え上がった。それは、つい3年前のことでしかない。
 ようやく北京五輪である。聖火リレーから始まった漢民族ナショナリズムの高揚は、それはそれでオリンピックなのだから仕方がないとは思う。でも熱くなりすぎると、文革のように、反日のように、暴走を始めるんではないかと心配もしている。鄭念のように良識のある漢民族が社会の中で増えていることを、ただただ祈るばかりである。