敦盛

「人間五十年 化天のうちに比らぶれば 夢幻の如くなり〜」
 織田信長の伝記「信長公記」に、天文21年5月18日、駿河の太守今川義元に攻め込まれ窮地に陥った信長が、この曲を謡いながら幸若舞を遊ばしたそうだ。この時、信長27歳、舞い納めた直後に出陣し、大敵義元を桶狭間に破った。それから22年、激動の戦国を生きぬき、49歳で本能寺に倒れたのである。見事なり、信長。

 英傑の人生は光源が強すぎる。そのために過去を脳裏に結ぼうにも輪郭がぼけてしまい、夢のように幻のようにしか見えないのではないか。その点、凡夫の50年は夢幻ではない。事歴が平凡で現実的だから具体的に思い出せる。諸々の過去の懸案が現在の自分に蜘蛛の糸のように絡まっているから過ぎ去りし日々にリアリティがある。
 それに平均寿命も伸びているから50歳など降り返し点くらいの存在感しかなく、人生まだまだこれからだ、と思っている元気な知命の方もおられよう。

 若き日に『竜馬がゆく』を読んで青雲の志を胸に秘めて世間という荒波に漕ぎ出したわけだが、なかなか竜馬や信長のような劇的な人生というものは転がっているものではありませんな。
「少年老大と成るも、吾が道は委蛇(いい)に付す」
 南宋の武人、文天祥の詩にこうある。少年はとても早く年をとるものだが、自分の理想の実現は逆に遠のいてしまった、というような意味ですね。
 確かに、人生50年が夢幻だったとは思わないけれど、あっという間だったことは間違いない。バカは瞬く間に年を重ね、今頃になって大慌てで勉強に励んでいる。諦めの悪い奴だ。(自嘲)

 昨日、楽しい飲み会が三河安城駅前であった。皆さん、お忙しいにも関わらずご参加いただきましてありがとうございました。お蔭様でまた懸案のプロジェクトに突っ込んでいくエネルギーが充填できましたぞ。
 楽しすぎたので、ついつい飲み過ぎ、日記を書くのが遅れてしまったわい。毎度のことですけど……