巧言令色、鮮なし仁

 ワシャの知人に全国展開をしている学習塾の講師がいる。その人がこんなことを話してくれた。塾生の母親で、それはとても愛想のいい人がいるのだそうだ。スーパーで買い物をしていると、それこそ反対側のコーナーからでも駆けて来て、満面の笑顔で挨拶をしてくれるという。父兄面談でも卑屈なほどの低姿勢で、こちらの言い分にはことごとく頷くんだとさ。
 ある時、本部に一通のハガキが舞いこんだ。内容は、教室での知人の指導方法を誹謗中傷するものだった。もちろん卑劣ハガキは無記名である。本部はその手のハガキには慣れていて、参考までにと知人にFAXで回送してくれた。そのハガキはクセの強い字で埋められており、内容はことごとくでっち上げだった。その内容と筆跡から、知人は一目で誰が書いたのかが特定できたそうだ。クレーマーは冒頭の愛想のいい母親だった。
 優しげな笑みを浮かべた普段の態度と悪意で塗り固めたようなハガキとのギャップが有り過ぎで、日々、性善説で暮らしている知人にはにわかに信じ難いものだった。少し落ちこんでいるようだ。でもね、そんなもんだって。世の中には本当にいい人もいれば、偽善者だってうようよいる。そんな連中に関わりあうたびに悩んでいたら身が持たないって。今度の父兄面談で、笑顔仮面のクレーマーに、満面の笑みを浮かべてこう言ってやれ。
「オホホホホホ、なにかと至りませず、お母様にはご迷惑をお掛けしております。お月謝もバカになりませんから、ご不満がござーましたら、いつお止めになっても結構ざーますのよ。とくにおたくのクソガキ様は、お教室でも態度がお悪うござーますので、他のお子様の妨げになっているんでござーます。ですから、当方といたしましても、いなくなってくれたほうが清々しますので、文句がござーましたらさっさと退会していただければ幸いでござーます。オホホホホホ……」

 昔から「面に誉むる者は、背に必ず誹る」とか、「笑中に刀有り」というではないか。世の中に偽善者の種は尽きない。だから、まっとうな人は、ひねくれ者の中島義道(哲学者)の本でも読んで免疫力を高めておくといいですぞ。