渋江抽斎(江戸後期の儒医、蔵書家、武鑑収集家)

 5月5日午後9時30分、ワシャは真っ暗なサイクリングロードで必死に自転車を漕いでいる。風呂上がりだったので、5月の風でも冷たい。湯冷めをしそうだ。
 なんでそんな時刻に夜道を走っているのかというと、物語は3時間ほど遡らなければならない。

 ワシャは「ブックガイド」系の本が好きだ。
日垣隆『使えるレファ本』(ちくま新書
谷沢永一『いつ、何を読むか』(KKロングセラーズ
朝日新聞学芸部編『読みなおす一冊』(朝日選書)
PHP研究所編『心に残る一冊の本』(PHP)
佐伯彰一芳賀徹編『外国人による日本論の名著』(中公新書
 等々、書棚に2mほど持っている。
 夕方、その中の一冊をたまたま読んでいて、「渋江抽斎」に出くわした。評論家の加藤周一が薦める一冊として、森鷗外の『渋江抽斎』がリストアップされていたのである。その名前を見つけて、昨日(今日からいえば一昨日)、立ち寄ったブックオフの棚に、森鷗外渋江抽斎』(岩波文庫)が並んでいたことを思い出した。買いにいこうかと思ったけれど、夕食の時間になっていたので、次の機会に譲ることにした。
 食事を済ませてから、書庫に潜り込んだ。前日、ブックオフのはしごで買い込んだ大量の本がテーブルの上に山積みになっている。それを整理しなくてはいけないのだ。
 午後9時、風呂が沸いたので、その中の一冊、板坂元『老うほどに智恵あり』(PHP)を持ってバスタブに浸かった。湯気の中での読書は至福の時じゃのう。ページを繰っていると、おおお、なんという偶然!再び「渋江抽斎」という名前に出くわした。
森鴎外は、江戸時代の武鑑を集めているうちに、武鑑に捺されている蔵書印から渋江抽斎という人間を発見した、と『渋江抽斎』の冒頭に書いてある。》
 ワシャは思わず立ち上がった。「渋江抽斎」という名前が1日の間に2度も出てくるなどということはまず有りえない。事実、ワシャの読書人生の中でも過去に1度か2度、垣間見たくらいの人名だ。だからブックオフの棚にあっても素通りしてしまった。これは何かの天啓だろう。そう思ったワシャは風呂から飛び出し、頭などびしょ濡れのまま寒空のもとケッタを蹴ったくっているのであった。

 努力の甲斐あって、今、手元に、森鷗外渋江抽斎』(岩波文庫)がある。めでたしめでたし。ひえーっくしょん!