ワシャ蔵は北風と共に去りぬ

 今日も今日とて銭亀の平次親分が木戸番屋を覗きこんで、番太の年寄りに声をかける。
平次「よう、とっつあん、今日はまた一段と冷えるじゃねえか」
番太「おやおや、平次親分、どうぞ、中にへえって火鉢にあたっておくんなさいまし」
平次「そうだな、手でも温めさせてもらおうか。時にとっつあん、地震屋のワシャ蔵を見かけなかったかい」
番太「地震屋のワシャ蔵ですかい。地震屋ねぇ……(目が泳ぐ)」
平次「おんやぁ?とっつあん、何か知っていそうだな」
番太「いえいえ……地震屋のワシャ蔵ですよね、地震屋のワシャ蔵なら知りません」
平次「おんやぁ?どうも引っ掛かる言いようだな。地震屋のワシャ蔵でなければ消息を知っているということかにゃ?」
番太「あわわわわわ……」
平次「さぁ、とっつあん、きりきり吐いちまいな」
番太「どうやらワシャ蔵の野郎、地震屋の看板を下ろすようなんですよ」
平次「なぬ!で、今度は何の看板を上げるんでぇ」
番太「なんでも乾したショウガを売るとか、秋の終わりのコオロギを売るとか、漢時代の鏡を売るんだとか言っていましたよ」
平次「ううむ、今一つ、はっきりしねえな、しかたがない、酒でも飲んでワシャ蔵が現れるのを待つとするか」
番太「そうなさいまし」
 押入れがカラリと開き中からワシャ蔵が現れる。
ワシャ蔵「そうそう、飲も飲も」
平次「あっ!てめえはワシャ蔵、どこから現れやがった?」
ワシャ蔵「しまった、酒という言葉に思わず条件反応しちまったぜ」
平次「こいつ待ちやがれ!」
ワシャ蔵「やなこった」
 ワシャ蔵と平次は番屋の戸を蹴破って往来に飛び出し、北風とともに去って行った。(なんのこっちゃ)