創作落語

 昨日、名古屋鶴舞の市公会堂で「大名古屋らくご祭2022」

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があって友だちと観に行った。都合4日間やるのだけれど、東西の噺家の雄が勢ぞろいする。志の輔文珍小遊三米團治、たい平、木久扇などなど。

 ワシャらの目的は2日目夜の部『SWA公演「古典アフター」』。SWAといえば「創作話芸アソシエーション」の林家彦いち三遊亭白鳥春風亭昇太柳家喬太郎の4人のことで、彼らの創作落語は絶品といっても過言ではない。

 演目は以下のとおり。

三遊亭白鳥かわうそ島の花嫁さん」

柳家喬太郎「ほんとうは怖い松竹梅」

林家彦いち「厩大火事」

春風亭昇太「本当に怖い愛宕山

 白鳥師匠の「かわうそ島の花嫁さん」は「大工調べ」の焼き直し。以下はお題にあるとおり「松竹梅」、「厩火事」、「愛宕山」の後日談を語る。さらに言うと、「かわうそ島」の登場人物が「厩大火事」に登場したりして、全体でも楽しめる構成となっている。構成が上手い。

 中入り前が白鳥、喬太郎、中入り後が彦いち、昇太で、口開けと中入りに昇太と喬太郎がワイシャツ姿でちゃぶ台を囲み、古典落語の筋を説明していく。この部分があることによって、古典を知らない客でもなんとか付いていけるという仕組みを作っている。ここでのやりとりも上質の掛け合い漫才のようで、この2人の笑いの才能を深さを感じた。落語協会会長の昇太を持ち上げ持ち上げ、ナイスなタイミングで奈落の底に落とす。公会堂のホールは大爆笑に包まれるのだった。

 なにしろおもしろい落語会である。他の日も、ずらりと上手が並んでいて、さらに4階の小ホールでは若手(といっても上等な)が研鑽のための落語会をやっている。東海テレビが主催なのだが、なかなかやるじゃないか。

 さて、ここからは詰まらない噺なんですがね。ワシャは随分昔に文章講座に通っていたことがあって、そこで定期的に作品を出していた。「芝浜」をちょいと捻って「ガリバー旅行記」と合体させたものを提出した。そしたらね、先生が「これは落語じゃないか!」とダメ出しをした。でも、落語好きのワシャとしては机の下で拍手をしていたものである。その時の作品が以下である。読むと時間の無駄ですよ。

 

【芝浜の闇】

 愛宕下の裏長屋に住む魚屋の為五郎は、暗いうちからかみさんに叩き起こされ、しぶしぶ芝浜の魚河岸に向かっていた。

「ううう、くそっ、滅法寒いじゃぁねえか。すっかり目が覚めちまった。しかし、魚屋なんてつまらねえ商売だなぁ。みんないい気持ちで寝てるっていうのに、こうやって天びん担いでいかなきゃなんねえんだから」

 ぶつぶつと愚痴をこぼしながら魚河岸についてみれば、問屋はみんな閉まっている。

「どうしたって言うんだ、あれっ鐘が鳴っていやがる。あっ、かかあのやつ、時刻を間違えて起こしやがったんだな。しかたねえなぁ、浜へ出てつらでも洗うとするか」

 為五郎は、暗いけれども勝手知った浜のこと、迷わず波打ち際に向かっていったところが、「ドン」と何かに突き当たり、逆蜻蛉にひっくり返った。目を凝らしてみれば浜に妖怪塗壁のように塀がでんと突っ立っているじゃないか。

「ちくしょー、たんこぶができちまった。誰でぇ、こんなところに塀なんぞこしらえやがって」

 目が慣れてくると為五郎、塗壁の下あたりに黒い塊があるのに気がついた。

「なんだい」

 と恐る恐る近づいてみれば、人が塗壁の下敷きになってている。足元に提灯が落ちていたので、拾い上げて火を入れた。灯りをかざせば・・・。

「ありゃま、伊勢屋のご隠居じゃねえか」

 面に掌を近づけるが息はない。

「先だって、鰻屋の赤ん坊を土左衛門にしたばっかりだっていうのに、今度は自分がおっ死んじまっちゃ世話はねえや。おっと、こうしちゃいられねえ」

 為五郎は天びんをうち捨てて、あわてて来た道を駆け戻っていった。

 為五郎が駆けこんだのは浜松町でお上の御用を務める銭亀平次の仕舞屋だった。為五郎、魚屋のかたわら平次の下っ引きとしても働いている。

「てえへんだ、てえへんだ」

 近所迷惑な為五郎の声に、雨戸を開けて平次の内儀のお静が顔を出した。

「夜も明けない時分になんだい、もう少し静かに出来ないのかい」

 平次も寝ぼけまなこで顔を出す。

「為公、なにを騒いでいやあがるんだ」

「親分、じつは芝の浜に塀ができたんですよ」

「へぇぇ」

「昨日はなかったんですが、一日経ったら出来てたんでさ。誰がこしらえたんでしょうね」

「そりゃ大工にきまってらぁな」

「そんなことを言っている場合じゃないんですよ」

「はっきり言ってみねえな」

「その塀の下敷きになって後生鰻のご隠居が死んだんでさぁ」

「そいつは大事だ。おい、お静、支度だ」

「あいよ、お前さん」

 平次が芝浜に着いた頃に、ようやく東の空に青味が射しはじめていた。だがやはり浜は暗く、様子もぼんやりとしか見えない。それでも浜の真ん中あたりにある箱形の小屋は確認できた。おそらく為五郎はそれを塀と観間違ったのだろう。大きさは平次の家くらいはありそうだ。

 平次はその小屋の脇で思案に暮れた。

「間口四間、奥行き三間、立ち上りが七尺。材は、革だな。革で出来ている小屋だから、革屋・・・あっ、厠か?しかしどこにも入る口はねえ、これじゃあ用足しのときに困っちまうなぁ」

 そのうちに隠居の家に回っていた為五郎が戻ってきた。

「親分、ご隠居は夕べ夜釣りに出たそうですぜ」

「そうかい、だんだんわかってきたぜ。隠居が夜釣りに出た。夕べは風が強かった。その風でどっかからこの厠が飛ばされてきて、隠居の上に落っこちた。で、隠居は御陀仏となっちまったという筋書きよ」

「なるほど、さすが親分だ」

「あとはこの四角張った厠の正体が分かれば一件落着ということだな。為五郎、手を貸しねぇ、この厠の屋根に上るんだ」

「がってんだ」

 平次と為五郎が四苦八苦して平らな厠の屋根に上ると、目の前に暁の江戸湾が広がった。

「絶景かな絶景かな、安房の眺めは価千金・・・」

「親分、五右衛門を気取っている場合じゃありませんよ」

「まあ、そうあわてるねぇ。ちょっと一服しようじゃねえかい」

 そう言うと、おもむろにキセルを出し手際よく火を点け気持ちよさそうに煙草を燻らす平次だった。

「のんきなもんだ。親分が煙草を飲む時はなんにも思いつかねえときなんだよ」

 為五郎は手持ち無沙汰になり、仕方なしに海側の屋根縁に腰を下ろした。そしてふと足下を見下ろすと、あっと驚く為五郎、小屋の裏面に五尺ほどの大きな取っ手がついており、それを毛むくじゃらの巨大な拳が握っている。その先の浜に目を凝らせば小山ほどはあろうかという大きな南蛮人が仰向けに横たわっているではないか。

「親分!て、て、て、てえへんだ」

「どうした、為五郎」

「あれを見ておくんなさい」

 為五郎の指差す方向を見て、さすがの平次も肝をつぶした。

「なんだ、あの化け物は・・・」

 平次、あまりの驚きに咥えていたキセルを落っことした。そのはずみで火種がポンと飛び出し、毛むくじゃらの手の甲に「じゅう」とくっついたからたまらない。

「Ouch―――!」

 江戸の海に大音声が響き渡った。突如、大男が厠の取っ手を掴んだまま飛び起きたからたまらない。厠の屋根に上っていた二人は振り落とされ、砂浜に叩きつけられた。平次が厠と思ったのは大男の鞄だった。

 

 イギリスの書「ガリヴァ旅行記」に《ガリヴァ、ラグナグを去り、日本に航す。江戸で皇帝に拝謁を許され親書を手渡した。》とある。

 なにせ巨大なガリヴァのこと、江戸城では拝謁がかなわず浜御殿での謁見となった。将軍も巨大なガリヴァがお気に召し、江戸じゅうの酒を集めての大歓待だ。あまりの歓迎ぶりにガリヴァはついつい酒を過ごしてしまった。夜も更けて品川沖の船に戻るため、親書を入れてきた鞄を持ってふらふらと浜御殿を出た。芝浜まで来たところで稲荷の鳥居に足を取られて転倒し、そのまま浜で酔いつぶれてしまった。その時、脇に置いた鞄の下敷きになったのが夜釣りに来ていた不運なご隠居だった、というわけである。

 このことは「ガリヴァ旅行記」にも詳しくは記されていない。過失とはいえ人を殺してしまったのである。作者のスウィフトもそのあたりを憚ったのかもしれない。幕府もこの事件を表沙汰にすることはなかった。鎖国政策の最中の出来事であり四民への影響を慮ったのであろう。唯一、銭亀平次の捕物控の中にこの事件の顛末が書き残されたのみで、その他の史書は、何も語らず沈黙を守っている。事件は歴史の闇のなかに消えてしまった。

 お粗末さまでした。