子育て(1)

 神戸女学院大学教授の内田先生がその著書『健全な肉体に狂気は宿る』(角川新書)の中で言っている。
《ぼくは基本的に親子関係というのは希薄なほうがいいという考え方ですから。家族というのはただでさえ狭い空間にひっついて暮らしているわけですから、しんどい関係なんですよ。空間的な距離がないというだけでも十分息苦しいんですから、せめて精神的な距離くらいとってあげないと気の毒です。》
《ぼくは家族というのはあまり語らない方がいいという考え方なんですね。特に、親子は議論なんかしないほうがいい。ぼくの家には「政治とセックスと宗教の話はテーブルで絶対に議論しないこと」というルールがあるんです。これは家族で語ってはいけない話題なんですよ。》
 ワシャは、子どもたちに対して濃密に接してきた方ではなかったので、こういった意見に出会うと思わずほっとする。なにがなんでも子育てに関らなければならないと信じて、がむしゃらに日夜駈け回っている父親たちにはご苦労様と言いたい。(ニヤリ)
 と、思っていたら、「そうじゃないわよ」という本もある。中江和恵『江戸の子育て』(文春新書)がそれだ。
 中江先生曰く「親子の間は親密に。親子の関係の根本には、親密な睦まじい感情がなければならない。」
 中江先生は、江戸時代後期の国学者橘守部の『待問雑記(たいもんざっき)』から《からふみに「父は敬いて遠ざかれ」などといえるは、聖人のたぐいの言ともおぼえず。いといと心得ぬ教えなり。》というフレーズを引用し、「親子の間は親密がよい。距離を置くなどということは言語道断だ」と言っている。
 残念ながら「父は敬い・・・」を誰が宣ふたか特定できなかった。『論語』に「鬼神を敬して之を遠ざく」という言葉があるので、これを模して中国の誰かが「父は敬い・・・」と言ったのだろうか。しかし聖人というのは主に孔子のことを指すので、あるいは論語のどこかに書かれているのかもしれない。
 ともかく内田先生は親子関係「希薄派」で中江先生は「濃密派」ということなわけです。
(「子育て(2)」に続く)