国難

 幕末、日本の未曾有の危機に際して幕府首脳部は無能だった。日本列島に押し寄せる欧米列強に腰の砕けた対応しかできなかった。
 この弱腰外交がいかに危険なものかは、すでに切り刻まれて植民地化されている清を見れば一目瞭然だった。このことに大きな危機感をもった在野の人物がいた。信州松代藩佐久間象山である。彼は言う。「世界中で一番頭の優秀な人種は日本人である。しかるにその文化で外国に比し、著しく劣っているは科学である」
 江戸幕府は300年の太平にまどろむために、洋学を禁じた。米を経済の中心に据えた農業国家を目指し外に対して門戸を閉ざした。鎖国である。この政策が織豊期には世界でも有数の先進国家だったものを文化以外は後進の三流国に貶めてしまった。
 このため象山は開国を主張し、公武合体を論じた。そこまで迫っている外夷に対して国論を統一し国権の伸張を図らねば、国家の危機は回避できないと考えたのである。象山の門下から勝海舟吉田松陰橋本左内河井継之助など多くの名士が輩出された。彼ら、あるいは彼らの薫陶を受けた坂本竜馬高杉晋作らが維新の回天を行うことにより国難を排除できたわけである。
 さて現在を見てみよう。極東アジアはどうも落ち着きがない。北朝鮮拉致問題核兵器の問題。中国の原潜の日本領海侵犯、尖閣諸島の問題、反国家分裂法の成立。韓国の竹島不法占拠、歴史捏造問題。ロシアとの間に根深く突き刺さる北方領土問題。
 これだけの外交難題が日本という小さな島国家に突きつけられている。これを国難と言わずになにが国難か。
 この状況下に国政を牛耳るのは「慎重に、慎重に・・・」と外圧に対してなにもしない消極論者ばかりである。そろそろ佐久間象山のような人物が出てこないと、今度ばかりは中国、韓国に侵食され、最終的には列強の植民地になってしまうぞ。 歴史を見れば、日本人はかつていくつもの国難をその智恵と不断の努力によって回避してきた。日本の教育レベルは地に落ちつつあるがまだ余力があると信じたい。今こそ立てよ、平成の象山たち。(司馬遼太郎さんが生きておられれば、思想的支柱となっただろうが、いかにも残念だ)