さすが梅原

 2月21日の中日新聞(夕刊)に哲学者梅原猛の随筆「思うままに」が掲載されている。この日の題は「新しい市の名称」である。
 南知多町出身の梅原は「セントレアは似合わないよ」という。そして「美浜」という地名がもともとなかった地名だから、歴史的に意味のある「南知多」にしたらどうかと提案している。故郷出身の大哲学者が言っているのである。関係者はこの苦言を一考すべきではないか。とくに美浜町長、合併劇には必ずこの手の「たわけ」が現われる。合併相手の町名を戴くのをいさぎよしとしないのである。渥美郡の3町が合併した時もそうだった。渥美郡では成金の田原町が強行に譲らず、札びらで頬っぺたを張って一地区の地名でしかない「田原」にしてしまった。
 知多という地名は古代からある。藤原宮跡出土の木簡に「辛卯年(691年)十月尾治国知多」とあるのだ。大宝律令が制定される(701年)以前からそこは知多と呼ばれていたんだぞ。軽躁な町長風情が踏みにじっていい地名ではない。
 故郷の偉人、梅原猛が言っているのである。「南知多市」でいいじゃないか。
 この「思うままに」の右側に「社会時評」が掲載されている。この日は日垣隆が「旧パラの転換」と題して孤陋頑迷なジャーナリストの古老たちを斬っている。こちらも面白いので是非読んでね。