今日は格調高く(笑)

 こと繁み相問はなくに梅の花雪に萎れてうつろはむかも

 

万葉集」第4期の歌である。梅の花がでてくるのでちょうど今の時期を読んだものではないか。今、ワシャは、佐佐木信綱編『新訓万葉集』(岩波文庫)を読んでいる。それは「万葉集」を仮名まじりに編したもので、とくに歌の解説がされているものではない。だから「古語辞典」を引きながら、ワルシャワ風に解釈してみる。

【こと】というのは「人のうわさ」で【繁み】は「度重なる、しきりである」。【相(あひ)】は「一緒に」、【問はなくに】は「会わなくなって」、【うつろはむ】は「衰えてしまう」である。【かも】は詠嘆・感動の意をあらわす終助詞なので、意訳すると「人のうわさが度重なって、あなたと会わなくなってしまった間に梅の花が雪に萎れて衰えてしまうことでしょう」てなことで、詠み人が、好きな相手に「会いたいなぁ」とラブコールを送っている。

 なんで朝から古文の授業にようなことをやっているかというと、昨日、友達が我が家にやってきて、ワシャの書庫の話になって、突然に「石上宅嗣(いそのかみのやかつぐ)って知っているか?」と言い出した。「いそのかみのやかつぐ?」聞いて、ワシャの脳裏には「伊勢守の矢担ぐ」という字面が浮かんだ。伊勢守がなんで矢を担いでいるんだ?どうでもいい話だと思ったので「はいはい」と適当に返事をしていると、メモ用紙に「石上宅嗣」という字を書いた。人名か、人名なら「石上(いしがみ)」を「いそのかみ」と読むのだから古代人だな。そのくらいまでは推量がついたが、さすがにそれ以上は分からない。「高校の教科書に載っている」とのことだったので、さっそく山川出版社の『詳細日本史』を繰ってみた。

 おおお、載っている載っている。天平文化の項に《淡海の三船・石上宅嗣らが文人として著名であった。》とある。欄外の解説に《石上宅嗣芸亭(うんてい)という図書館をつくり、学問をする人々に開放したといわれる。》との記載。つまり、友達は、ワシャの書庫を見て、このフレーズを思い出し、「石上宅嗣」の話を持ち出したというわけ。もう二つくらい因縁があるのだが、それは個人の話になってしまうので、ここでは割愛しておく。

 しかし、友達がそんな話題をふってくれたので、久しぶりに万葉の世界に遊ぶことができた。タイトルの作品は、「万葉集」の最終に近い巻十九にあって、時代背景としては大仏開眼供養の時代と重なっている。恋に燃える人の心情が1300年の時を超えて、伝わってくるからおもしろい。

 ちなみにワシャが一番好きな歌は、詠み人しらずのこの歌である。

信濃なる筑摩の川の細石(さざれし)も君しふみてば玉と拾はむ」

 

 

嘘の歴史に対抗する勇気を持とう

 昨日はブルカの話で終わってしまった。朝日名物の「声」欄に気になる投稿があったのだが、ついに触れられなかったので、今日、取り上げたい。

 昨日、韓国人の女子大学生からの投稿があった。内容は、日本人に対する呼びかけで「不合理に対抗する勇気を持とう」と題が付けられている。彼女は言う。

「いま韓国では、女性の人権を拡大する動きがある。その波を感じたあとに日本に来て冷水を浴びせられた」

 その理由をいくつか挙げている。

  1. 女性を性的対象とした雑誌がコンビニで平然と売られていること
  2. 結婚でほとんどの女性が男性の姓に変えてしまうこと
  3. 結婚相手を「主人」と呼ぶこと
  4. 女性言葉と男性言葉があること

 この寒いのに冷や水をかぶったんだね。ご苦労さん。

 彼女は、投稿をこう結んでいる。

「伝統という慣習の後ろに隠れている差別に立ち向かおうとする勇気から、変化は始まるのです」

 はいはい。

 まず、「1」について。確かにコンビニでその手の本を売っている、そのことに関してはワシャもいかがなものかと思う。しかし昨今、それを止めていくコンビニも出てきたようだから改善はされていくのではないか。

 でも、この女性のお国では、写真どころか、生の売春婦が「売春をさせろ!」とデモまでしている。2015年9月23日にソウルで、性売買従事者の労働者認定を促すデモをやったでしょ。ああいったことは許容するんだね。

「2」である。これこそこの学生の不勉強というか、まぁそもそも韓国がそういった教育をしてこなかったので仕方がないのかもしれないが、まったく逆なのである。まぁ日本の左翼にも夫婦別姓を叫ぶ阿呆がいるから、そう責められないんだけど(苦笑)。

 例えば、韓国では金さんの家が李さんの家からお嫁さんを貰う。しかしお嫁さんは金姓を名乗ることができない。生涯、李姓のまま過ごす。夫婦に子供が生まれれば、その子たちは金姓を名乗るから、家庭内で別姓はお嫁さんだけということになる。これは嫁を一家の人間と見なさない断固たる差別のシロモノなのである。その点で日本では田中良子さんが山田家に嫁げば、山田姓となり、伊藤太郎さんが、太田家に婿に入れば、太田太郎さんになる。嫁いできた者に同じ性を名乗らせない国と違って、家というものに価値を見出している日本には、家に入るものに対してなんの差別もない。

「3」、妻が他人に対して自分の夫をさしていう言葉である。しかしこれは「他人を従属、隷属させている者」という意味合いではなく、現在では、「戸籍の筆頭に名前のある者」くらいの意味合いになっている。その程度のことに目くじらを立てるのは、国民性なんでしょうか。

 最後の「4」、「女性の言葉と男性の言葉があることが不思議だ」と韓国人女性は言う。それは不思議でもなんでもなくて、そこが文化の深度なのである。正確に言えば「女性語」なのだけれど、『日本国語大辞典』に依れば、《丁寧の意の接頭語「お」を種々の語につけたものや、感動詞の「あら」「まあ」、終助詞の「わ」「だわ」「よ」「のよ」など》のことであり、これが永い時間をかけて宮中、斎宮などで醸成されてきたものなのだ。もちろん、遊里で育まれた部分もある。でもそれは一部であり、それに当時は大名ですら遊女に敬意を表さなければ遊ぶことが許されなかった特殊な世界だったのだ。そのあたりの歴史を踏まえれば、日本の女性に対して「不合理に対抗する勇気を持て」などと言うのは憚られるのではないか。

 まあ、歴史を捏造したりなかったりすることが伝統のお国柄だから無理な相談か。

ブルカをかぶる

 今朝の朝日新聞国際面。

《イラン、人権派弁護士に有罪判決「ヘジャブの義務に抗議」を弁護》という記事である。ネットにもあったのでURLを貼っておく。

https://www.asahi.com/articles/ASM375QRKM37UHBI02K.html

 イランの人権派弁護士の女性が、ヘジャブ(髪をおおうスカーフ状のもの)の着用義務に抗議した女性の弁護をしたことで、数十年の禁固刑に処される可能性があるという。

 

 一昨日のことである。事務用品を買うために私鉄沿線のスーパーに行った。文房具売り場を物色していると「ギョ!」とした。真っ黒な物体が突如ワシャの前に現われたからである。目すら見えないブルカを着用した女性(黒い布で全身がおおわれているので性別の判断は不可能だけどね)が立っている。印象としては、「千と千尋の神隠し」のカオナシに出くわしたような感じだった。

 

 もちろん宗教にはそれぞれに決め事があって、それが文化にもなっていくものである。例えば日本だって、藁で編んだ細い紐が張ってあれば、そこから向こうは神域であり、普通の人間は入ってはいけないことになっている。でも、そんなものムスリムの人たちにすれば藁なんか蹴散らせば、その中に入れてしまう。

 だから宗教上の問題は、宗教それぞれであって、なかなか難しい問題なのだが……。でもね、ブルカは日本では明らかに異様だ。同じイスラムでもヘジャブでいい人たちもいる。信仰を捨てよということではないのだ。せめて顔くらい出したらどうなのか?と言いたい。郷に入れば郷に従え。そこまではいわないけれど、ブルカを日常風景として受け入れるには、文化・風土があきらかに違うのである。

 ブルカを着用した女性(だと思う)の前を、間違いなくその夫であるエスニックな男性が歩いていた。見事に軽装である。一昨日は暖かかったけれど、薄手のシャツを腕まくりして歩いている。いくら宗教上のこととはいえ、男性と女性の衣装についてこれほど違うのはいかがなものであろう。言ってしまえば、女性蔑視以外のなにものでもないような気がしてならない。

https://search.yahoo.co.jp/image/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AB

 この姿が、女性の尊厳を尊重しているとはとても思えない。イスラム原理主義者のタリバンが強制したものがブルカだとも聞いている。欧州では治安維持の観点からブルカの禁止も広がっている。

 

 宗教の教義は重要である。しかし、仏教を見よ。どれほど柔軟にその形を変えて、それこそ今では妻帯や肉食ですら認められているところもある。人権派弁護士のソトウデさんの写真のように華やかなスカーフで髪や耳を隠せばいいのではないのか。

 

自民党本部と都連

 和歌山のオッサンはときおり妙な動きをする。昭和の政治家にはそろそろご退場を願いたい。まともな答弁ができない政治家を入閣させたのも、モナ男を派閥に加えて物議をかもしたのも、みんなこのオッサンである。支那中国や朝鮮半島ともなあなあで、どうにも食えないオヤジである。二階幹事長のことね。

 それが今度は窮地の小池都知事に憑り付かれ取り込まれて、ついリップサービスで「来年夏の東京都知事選に小池百合子知事が立候補した場合、全面的に協力する」と言ってしまった。

 ところが、それに対して自民党東京都連が猛反発した。そりゃそうでしょ。小池知事が知事選以降にやってきたことは、東京都議会自民党を徹底的に悪役にして、今の地位を築いたんだからね。都の自民党にしてみれば不倶戴天の敵といっていい小池知事。そんなのに憑り込まれて、政界のドンのような顔をして偉そうに言われてもねぇ。で、っこういうことになった。

《自民・二階幹事長「もう発言しない」小池都知事の再選支持で》

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190306-00000517-san-pol

 当然といえば当然の帰着で、和歌山のオッサンがなんにも考えていなかったということが露呈しただけで、もうそろそろ政治家としての賞味期限も過ぎているのではないか。

 

 先月、某県某市で市長選があった。「あそこのことかな?」と思った人もいるだろうけど、そのあたりは詮索せずに読んでくだされ。

 長期に市長をやっているA氏が出馬表明をした。「後継者がいないのでやむを得ず立候補した」と語っていた。その後、衆議院議員のB氏がその職を辞して立候補表明をした。衆議院議員が出るなら、これほど頼もしい後継者はあるまい……と思うのだが、地方の小さな自治体とはいえ、政治というのは魑魅魍魎の跋扈する世界なんですね(笑)。

 後継者がいないから立候補したA氏は、衆議院議員では後継者として納得をせず、全面対決となった。ご苦労さんなこって。

 まあいいや、そんな選挙戦のことはどうでもいい。問題なのは、タイトルのことである。「自民党本部」と「都連」、某市の場合は「自民党本部」と「県連」ということになろうか。

 B候補、直前まで衆議院議員だったので、その選挙事務所は国会議員の「為書」で埋め尽くされた。どうだろう200枚は下るまい。麻生副総理、河野外務大臣を始め閣僚たちを先頭に、それこそ北は北海道、南は九州まで、衆参の議員の名前がずらっと並んだ。自民党本部の力の入れ方が凄まじい勢いに見えた。

 かたや現職のA候補、自民党本部の支援はまったくなかった。むしろ自民党というよりも労組系の支援を取り付けて、応援演説にも国民民主の地元代議士がたびたび入っていた。だから自民党の国会議員の「為書」はほとんどなく、それだけを見ればB候補の圧勝だった。

 しかし、結果はA候補が余裕綽々で勝ってしまった。その理由は、県連が動いたからに他ならない。県連は「推薦を出してくれ」と言うB候補に対して、ついに推薦を出さなかった。それは支部からの推薦が上がってこないという理由である。支部の自民はA候補陣営、B候補陣営と真っ二つに割れており、そのためにどちらかに推薦を与えるというのを躊躇った……という建前をとった。そこには県知事とか県議会とかが複雑に絡むのだけれど、そんなことは今日の主題とは関係ないので触れない。

 要は、自民党本部が200枚の「為書」をおくって支援をしている候補に、県連が推薦すらしなかったということで、自民党本部と各県連の力関係を垣間見た。

 

 政治の世界では、地方分権はとう昔に出来上がっていたんだね(笑)。

 

顔について

有村藍里さんの整形告白に反響 コンプレックスのきっかけになった誹謗中傷には疑問の声も》

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190305-00010003-huffpost-soci

 有村藍里さんが整形をしたという。タレントが自分の納得できる顔にするということは、別段なんの問題もない。高須先生に頼んで大いに直していけばいいと思う。

 それにしても、整形の動機が悲しい。

《「3年前ぐらいに有村架純の姉ということが新聞の記事に載ってバレてしまって、その時に私の写真だけがネットで出回ったんですけど、一番言われたのが口元が残念ということをすごい言われたので、そこから自分の口元が気になりだして」と告白。》

 ああ……ネット民のいいかげんなことよ。有村藍里さんは、元の顔もかわいかった。ネットで誹謗した連中は「口元が残念」って言っているんだが、それは妹の架純を基準にするからそういう評価になるだけのこと。よくあるでしょ、そっくりさんの番組で、例えば福山雅治のそっくりさんが登場すると「えー?」となることが多い。それは福山雅治というスターを基準にして見るからで、普通にその福山似の若者が街を歩いていれば充分に美男子であることが多い。

 今回のことでも、有村架純という基準から考えれば、目の大きさが残念、鼻の高さが残念、口元のかたちが残念という話になるだけで、藍里さんの個性としてとらえれば、整形前のお顔も充分に魅力的で、目は慈愛の深そうな印象を受けた。口元だってぽってりとして魅力的だと思う。もちろん妹似になった術後も素敵だけどね。皆さんも見比べてみてくだされ。

https://www.shuchannel.com/archives/10657

 女優の顔は少し欠点があるほうが個性的で魅力的だ。『サウンド・オブ・ミュージック』のジュリー・アンドリュースだって鼻が残念だし、『ひまわり』のソフィア・ローレンだって口が分厚い。バーブラ・ストライサンドなど目も変だし鼻はでかいし、ハリウッド女優の中でも変な顔と言っていい。でもね、バーブラが、映画『追憶』の中で見せる素敵な女性像は、中学生のワシャに心地いい印象を残した。あの、ロバート・レッドフォードと、はだしで海岸を歩くシーンでのバーブラの素敵なことといったらありゃしない。

 世界的な映画女優の顔の欠点を論おうと思えばいくらでも挙げられる。でもね、女性の魅力、美しさというのは顔かたちだけではない。内面からにじんでくるものが圧倒的に優勢だと思っている。

もちろんそれは男性にも言えることで、若い頃には宝石のような輝きを持っていたアイドルが、厄年あたりから下品な顔立ちに変貌していく例は枚挙に暇がない。

 

男も女も、内面を磨かなければ真の美しさには到達しないと思っている。

 

弱音

 ううむ、皆さんだからちょこっと弱音をはいてしまおう。

 昨日は早朝から忙しく、あちこちバタバタと走り回っていた。夕方からちょっとした飲み会があったのだが、そこで調子が悪くなってしまった。のぼせる、というのかなぁ。いつもなら5合飲んでもしっかりしている。それ以上に飲んでも、翌日には二日酔いになるけれど、飲んでいる時はどちらかというと頭は冷めているんですわ。当日に頭が熱くなるというのは、あまり経験したことのない状況だった。ビールをコップに3杯と、日本酒は1合徳利をもらってチビチビやっていた。いつもなら、これほどの酒では、ホロッともこない。だが昨日は違って、顔が火照りだした。確かに、座敷に暖房は効いてはいたんだけど、一緒に飲んでいた友だちは、別にどうということもない。中座して、外の冷気で頭を冷やすと調子がいいんですけど、店内に戻ればやっぱりのぼせたような状態になってしまう。

 結局、友だちにおわびをして、早めに切り上げさせてもらった。楽しみにしていた宴だったので、残念だが、なにしろ調子が悪い。

 帰宅して、アイスノン2本で2時間頭を冷やして、ようやくのぼせから解放された。いろいろ気になることがあるので、脳味噌がオーバーヒートしたなかぁ。どうもワシャのCPUはあまりモノがよくなさそうだ。まだ、真空管を使っていたりして(泣)。

 CPUが動かなくなると、末端の機能にも影響が出てきて、全体的に動きが悪くなる。「なまけ病」ではないんですよ。機械の使い方が違うような気がする。「頑張る」というのはわかる。しかし、飄々と生きてきた生き様が、突然には変わらない。この切り替えに「四苦八苦」している今日この頃、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

【追伸】 

 おおお、この駄文を更新して、読者数を見たら「108人」の皆さんだった。4×9=36、8×9=72で「108」でしたぞ。なんだかうれしかったのじゃ。

 

本から本へ

 偶然というのはおもしろい。

 たまたま書庫をさばくっていて、『同級生交歓』という文春文庫をなにげなく手に取った。奥付をみると平成18年の出版である。月刊誌の「文藝春秋」の名物コーナーの「同級生交歓」が新書化されたものですね。

 ワシャがこのコーナーを知ったのは、それこそ小学生のころ。父親が「文藝春秋」を定期購読していたので、それをよく眺めていたのである。文字のページは小学生には難しくてわからない。ですからもっぱらグラビアのページを中心にパラパラとめくっていたような有様で、この「同級生交歓」が記憶にあって、というか今ではワシャ自身が「文藝春秋」を毎月買っているから、そういった懐かしさもあってこの新書を買ったんでしょうね。

 新書に載っている登場する人物には記憶がないんですわ。毎月3組の同級生が登場するんだから、それを記憶しているのも大変ですわな。でもね、意外なものに記憶があるんですよ。

 昭和38年2月号、同級生は作家の杉本苑子と漫画家の加藤芳郎。もちろんこの二人に記憶はない。どこかの庭の池を二人が眺めている写真なのだが、まったく記憶にありません。ところがどっこい、その池の中にあるコンクリート製だと思うのだけれど、水のしたたる魚があって、その奇抜なデザインになんとなく見覚えがあるような気がするんですわ。「どこかで見たことがあるなぁ」というくらいの漠然としたものなんだけど。深い記憶の底から茫と浮かんでくるから不思議だ。

 

 この新書に付箋がいくつか打ってあるんだけど、その一つが、昭和49年2月号のものに打ってあった。そこには麻布中学卒業の3人が写っている。落語研究家の矢野誠一西武鉄道社長の堤義明、そして放送作家倉本聰だった。もちろん3人が昭和49年に「文藝春秋」に載ったことをまったく覚えていないし、13年前に、その新書に付箋を打ったことすら忘れていた。

 一昨日、その前の日も、ここで倉本さんに触れていて、新書の『ドラマへの遺言』の中では、友人の堤義明さんについて2度も触れておられた。その2日後に偶然手にした本の中で、その2人が並んで歩いているとは……。読書がさらに深まったような気がした。

 本はつながっていくからおもしろい。

 

 ちなみに『同級生交歓』と「同級生交歓」というカッコの使い分けがありますが、それは偶然に間違ったということではありません。本としては二重カギカッコ、コーナーとしてはカギカッコということで(笑)。