天声人語の劣化/日台連携

 呵呵呵、天声人語氏の中には短歌・俳句好きがおられるようで、定期的に手抜きの「歌句並べ」が見受けられる。今朝もそうだ。花粉症にまつわる5つの歌の引用と、文章の引用も含めて200文字を埋める。

 その他は《このところ鼻とのどがしきりに不調を訴える。》《マスクなしでは外へも出られぬ季節になった。》《道行く人々が涙を浮かべ、鼻水と格闘する》《読むだけでむずむずする。》《花粉を恨めしく感じておいでかと思いきや、ご本人は「マスクの民」ではない。》《さてきょうもマスクが手放せない。》《気がつけば年中「マスクの民」である。》と、マスクと症状のありきたりの記述で140文字を費やす。コラムの半分をそれらで埋めて、言っていることは「花粉の季節ですね。年中マスクが手放せませんね」ということだけ。相変わらずお手軽なことですな(笑)。

 

蔡英文総統、日本に安保対話要請 本紙インタビューで初明言》

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190302-00000542-san-cn

 台湾の蔡英文総統が、日台安全保障について言及をしたという。これはいい話である。東アジアにおいて唯一の親日国家、理性的な民主国家は台湾しかない。あとはご案内のとおり一党独裁、犯罪国家、いちゃもんたかり国家に囲まれている我が国。どこの国と連携することが国家・国民のためになるかは単純明快でしょ。

 ワシャは、かなり以前から海洋アジアとの連携を言ってきた。2004年4月30日には「EU拡大 どうする日本」と題して書いている。

https://warusyawa.hateblo.jp/entry/20040430/1083277582

《北はオホーツク周辺のロシア、日本、台湾、フィリピン、インドシナ半島諸国、そしてインドネシアである。6億の人口を有する巨大国家群となり、中国と拮抗することができる存在になる。あるいは日本からいえば中国の背面にあるインド(10億人)と提携すれば、その発言力は一層強くなるに違いない。》

 この頃は、オホーツク周辺のロシヤを日本の影響下に置けるものと思っていたが、時代は流れて、若干の軌道修正が必要になってきた。それにしても、海洋アジア国家との連携は重要であることを指摘していることは間違いない。

 この大構想の第一歩が台湾との連携である。自衛隊と台湾軍は統合して東シナ海南シナ海の警備にあたればいいし、それに米軍が加わることも重要であろう。朝鮮半島の国はすでに支那中国の属国と化している。そんなものはまともに相手にしていては時間の無駄だ。親玉をきっちりと押さえれば、子分などぐうの音もでないわさ。

 なにもないところに島を造成し「ここは我が国の領土あるヨ」と嘯く国家など信用してはいけない。小なりといえどもまともな自由主義国家と付き合っていくことが日本の未来のためになるものと確信している。

 

ドラマへの遺言

 一昨日の「ラプラスの魔女」で、倉本聰さんの『ドラマへの遺言』(新潮新書)について触れた。その中で倉本さんが、「インナーボイス」を出せない役者は役に立たないというようなことを言っていた。そして嵐の二宮くんがきわめて優秀な役者であることを認めている。つまり「インナーボイス」をさらけだせる役者だということ。その他にも、八千草薫、森光子、大竹しのぶ倍賞千恵子いしだあゆみ大滝秀治笠智衆などを高く評価している。

 八千草さんと森さんは、こんなエピソードが紹介されていた。大物政治家の二号だった八千草さんのところに本妻の森さんが訪ねていくというシーン。座敷で対面するんですね。その場面、倉本さんは「2人が対面して挨拶する」としか書いてないんだけれど、2人の大女優は、なんの指示をされなくとも、八千草(二号)は、座布団を敷かずに畳にじかに座り、森(本妻)は座布団から降りず、体の両側に親指をついて、ちょっと腰を浮かしながら「お世話になりました」と挨拶をしたという。ここから本文を引く。

《どういうことかと僕はみっちゃんに聞いたの》みっちゃんというのは森さんですね。《そうしたら、目下の人に対するしぐさだって。つまり両手を前につくんじゃなくて、両手を脇に置いて頭を下げる。それを森みっちゃんがさりげなくやってみせた。》

 倉本さんは「脚本を演技が超えた瞬間だった」と驚く。

 この演技はおそらく今の女優達にはできないだろうなぁ。役作りの前に、作法やしきたりが体の中に叩きこまれていないと、おそらく無理だろう。

 

 そして倉本さん、第13章で「ビートたけし」のことを書いている。これはかなり厳しい言い方となっている。

《たけしとは、以前1本だけ15分くらいのミニドラマをやっているんですけど、それだけですね。僕はあの人を全然認めない。役者としても人間としてもですね。》

この後もかなりきつい言い方でビートたけし評を続けているのだが、ううむ、もともと倉本さんは出来の悪い俳優とかテレビマンに厳しいけれど、「ここまで言うのか」というほど徹底的に嫌っている。

 ワシャは、ビートたけしをある程度評価していたので、けっこうショックだったなぁ。

 

 どちらにしても、倉本ドラマのファンにはたまらない一冊だった。『屋根』の名古屋公演で握手をしていただいたのが唯一の接触だったが、それでも膨大な倉本脚本を噛みしめ、ドラマを見て、舞台を観て、環境雑誌を読んで、間違いなくワシャの人生の師だと思っている(勝手にね)。

 一読者として、倉本さんの遺言のような本を手にしているが、しかし、これからもいいドラマを作ってほしいと思う。それは、現状の映画・ドラマがあまりにも低級だからね。

歴史に学べ

 昨日は定例の読書会。課題図書は磯田道史『天災から日本史を読みなおす』(中公新書)である。副題に「先人に学ぶ防災」とあって、一時期、防災関連の仕事をしていたワシャには興味のある内容だった。

 まず、ワシャは1970年代に「東海地震域割れ残り理論」を思いついて「東海地震は明日起きてもおかしくない」と言い出した東大の地震研究者を嫌悪している。あの学者のつまらぬ学説でどれほどの人命が失われたことか。

 神奈川県、静岡県、愛知県に防災予算がそれこそ何兆円とつぎ込まれた。「地震は予知できる」との妄言で駿河湾から遠州灘周辺に何基ものセンサーが沈められて40年間、うんともすんとも言わない。言っているかもしれないが、そんな適当な学説に則った機械の予測などで、東海道の経済活動を止めて終ったら、経済にどれほどの混乱が起きることか。そんなわけで、莫大な予算を太平洋に沈めてきた精密機器類は、ペットボトルで作った鳥威しにさえ劣る代物になっている。

 本来は、この40年間に費やした研究費や無駄なハード整備費(無駄でないもののあるけどね)を防災教育に振り当てるべきだった。

 例えば、吉村昭さんの『三陸海岸津波』(文春文庫)には、東日本大震災前に出版されており、その本では三陸海岸の危険性について口を極めて警告している。

 

 すいません。ここまで書いてきて、突然、所用が降って湧きました。終わり次第、再開しますね(謝)。

 

 いやー、怒涛のような所用が終わった。なんなんだ、この疲労感は……しかし、精神衛生上はそれほど悪くはなかった。まぁ所用の話はどうでもいい。

 

 吉村昭さんの警告は、防災行政の愚策に阻まれて、住民たちにはなかなか浸透していかなかった。『天災から日本史を読みなおす』の中でも《とくに公務員や教員は臨機応変して日々利益を追うビジネスマンと違い、規則にのっとる行動をとりやすく、集団の指揮を任されると、平時の公平と穏当を前提とした常識にとらわれやすい。》と行政の陥りやすい穴について警告をしている。

 大船渡小学校では運よく学校長が常識にとらわれない人物であったために全校児童の命は守られた。残念ながら大川小学校では、教員たちは常識の陥穽から抜け出せずに多くの犠牲者が出てしまった。

 

 これも個々の教師たちのせいということではなく、きっちりとした防災教育を施してこなかった国の施策の誤りである。東京大学地震の権威などというまやかしを信じてしまった防災官僚の罪である。

 権威の言っていることを疑い、歴史に学んだ地域の被害は低かった。各自治体が作っている無味乾燥で分厚いだけの防災計画などを参考にするよりも『天災から日本史を読みなおす』を一冊読んだほうがはるかに生き残る確率が上がると思う。

 

 予算の使い方が大きく的を外していることを国も自治体も自覚したほうがいい。

 

ラプラスの魔女

 桜井翔くんのファンの方がいたら、のっけに謝っておきますね。

 

 この間、桜井くん主演の「ラプラスの魔女」をビデオで観た。映画自体は「ふ~ん」という感じ。時間つぶしにはなった。だけど、桜井くんにはあちこちのシーンで笑わせてもらった。役どころは、まさにドラマの謎を解き明かしていく探偵役で、地球化学専攻のおちゃめな大学教授である。

 雰囲気としては、ガリレオシリーズの湯川学(福山雅治)の分身のような感じかなぁ。でも、湯川学の活躍する映画も、それほどまじめに観てきたわけではないので、この印象は間違っているのかもしれない。判らないけれど、桜井くんが福山湯川を意識しているように思えた。でも確信はないので、そちらには触れずに次に進む。

 要は、桜井くん演じる青江教授である。どのシーンを見ても、とくにセリフのないときに、そこに嵐の桜井翔がぬっと立っていた。本来は青江教授でなければならないのだけれど、桜井くんは一所懸命に監督の指示に従って表情をつくったりはしている。しかし、まったく内面からにじんでくるものがない。

 これについては、脚本家の倉本聰さんが、最新刊の『ドラマへの遺言』(新潮新書)でこう言っている。

《役者がものをしゃべらないときに何を考えているか、頭の中をどう見せるか。役者はインナーボイスをどれだけさらけ出して見せてくれるかっていうのが仕事なんですね。》

 桜井くん、表情はつくっていた。しかし、インナーボイスはまったく出ていなかった。他の役者たちが達者なだけに、その明暗がはっきりと見えてしまうのだ。桜井くんは好青年だと思う。司会もうまいし、キャスターだってこなす。嵐のコンサートでも輝いている。でも、俳優というのはいかがなものであろう。人それぞれ得手不得手というものがある。二宮くんの演技力は倉本聰さんお墨付きである。しかし、演技者として光っている二宮くんがキャスターをやれるかというと、それはなかなか難しいのではないか。

 桜井くんは、テレビドラマにも映画にもたくさん出ているので、たまたま「ラプラスの魔女」だけがよくなかったのかもしれない。ワシャが不勉強なだけかもしれない。他の映画にすばらしい演技があったのかもしれない。

 ひとつの映画の感想としてお聞きいただければ幸いである。

無駄な悩み

 勝谷誠彦さんの友人であるハッサン中田こと中田考さんがツイッターでこんなことを言われていた。

《あなたが悩んで不幸になったからといって彼等が幸せになるわけではないので無駄に悩んでも仕方ありません。人間は平等ではなく自分に近いものから順に大切にするように創られています。ただもし何か出来ることがある地位につく等の機会があれば悪に荷担しないように。人はその器に応じて義務を負います》

 これにバグパイパーの加藤健二郎さんが《不幸な他人のことを考えて自分も不幸な気持ちになる「不幸の拡散」は、「いい人」になりたい人にありがちな作法ですね。》と反応している。

 ちょっと本題から外れるけど、加藤健二郎さんとは一度だけご一緒したことがあって、バグパイプの演奏を生でお聴きした。その後に世界の戦場の悲惨さなどをお話しいただいた。

 たまたまほどよく知っている方々のツイート、リツイートだったので目が留まった。

 中田さんがどういうツイートに応じでいるのかは解らない。文面から類推するに、なにか国際的なこと、あるいはアフリカの難民の話などを聞き悩んでいる人からの相談に応じたのかも。

 確かに中田さんの言われるとおりで、平和な日本で悩んでみても遠い異国の人びとにはなんの腹の足しにもならないし、加藤さんの言われるとおり、そういったことをことさら心配顔で言いたてる以外になにもしない人々は「偽善」なのだろう。中田さんにしろ加藤さんにしろ、実際に紛争地や危険な地域に入りこんで活動をしている人だからこそ、説得力を持つんですね。

 

 

阿川弘之と司馬遼太郎

 阿川弘之の随想集に『故園黄葉』(講談社)がある。布の装丁で箱入りの立派な本である。たまたま、それを見つけてパラパラとめくっていたら、「司馬遼太郎追想」という随筆があったので、そうなると購入せざるをえない。

 さすが阿川さん、司馬さんの本質をきっちりと見極めていた。

《司馬さんは、短い淡いつき合ひしか無かつた相手に、あたかも親交を結んでゐたかのやうな錯覚を抱かせてしまう(中略)敢て評するなら非常な褒め上手であった。》

 鋭い。

 この追想の中に司馬さんの「言わでものこと」という短文の話が出てくる。酒席で司馬さんが哲学青年にからまれるという話なのだそうだが、残念ながらワシャにはそれを読んだ記憶が残っていない。仕方がないので、『司馬さんが考えたこと』(新潮社)全15巻の目次を確認してみたのだが、見つからなかった。阿川さんはどこでその短文を読まれたのだろう?

 ワシャは、司馬遼太郎に関しては断簡零墨まで集めておきたいと思っている。だから、書棚2つも3つも司馬作品、司馬関連本で埋まっている。『故園黄葉』ももちろん司馬関連の棚に挿した。

「言わでものこと」はどこにあるんだろう。

 

 ついでに触れておくと、この随想集には小津安二郎の話も出てくる。ワシャは昔から映画小僧で、邦画ではとくに小津監督の作品を高く評価し、何度も鑑賞してきた。だから小津について触れたところにも付箋が打ってあるんですね。

 司馬さんに関する文章があって、小津監督に触れたところもある。もうこの本は捨てられない。

キーンさん逝く

 昭和58320日、第1山片蟠桃(やまがたばんとう)賞の授与式に司馬遼太郎の姿があった。それは受賞者のドナルド・キーンに祝辞を述べるためであって、その時の「お祝いのことば」が『司馬遼太郎が考えたこと』(新潮社)の第11巻に載っている。

 文字にして4500字、時間にすれば17分ほどの挨拶になろうか。これを政治家がやったら、まぁ間延びして退屈なだけの挨拶なんだろうけど、そこはそれ「座談の名手」の司馬さんである。おそらく出席者は聴きほれていたに違いない。

 内容は「キーンさんの学問と芸術」についてである。もちろん山片蟠桃賞をとったキーンさんを褒めているのだが、それよりも、キーンさんがいかにして日本文学に興味を持たれたのかに言葉を費やしている。友人の中国人から漢字を教わり、漢字というもののかたちに、芸術的な感動を受けたと説明している。そして司馬さんはこう続ける。

《そのままいけばおそらく中国文学の専攻者におなりになったのかもしれないのですが、幸い、歴史がこの若者を日本文学にひきよせてくれました。》

 太平洋戦争で、キスカ島の敵前上陸をたったふたりで実行したアメリカ海軍士官であり、料亭の掛け軸の字などは、司馬さんよりもスラスラと読み、長く辺境の文学だった日本文学を、世界の広場に誘ってくれたのは、ドナルド・キーンさんだと言ってはばからない。

 司馬さんとキーンさんは2冊の対談本を出版されておられる。昭和47年の『日本人と日本文化』(中央公論社)と、平成4年の『世界のなかの日本』(中央公論社)である。どちらの本も「日本人」「日本文化」を語りつくした名著だ。機会があればぜひご一読を。

 司馬さんはキーンさんとの関係性をこう言っていた。

「太平洋という水溜りをへだて、あの戦争を共同体験したという意味においては互いに戦友であったという以外にない」

 戦友は今頃天上で再会を喜んでいることだろう。ドナルド・キーン氏のご冥福を祈る。

 

 さて、司馬さんつながりで、もう一席。

 昨日、刈谷市の総合文化センターで、司馬遼太郎の再来と言われている磯田道史さんの講演会があった。磯田道史ですよ。そうそう聴ける話ではない。さすが刈谷市、呼ぶ講師が違う。

 話は抜群におもしろかった。まくら(導入部)は坂本龍馬をもってきた。龍馬に関する古書を京都の古本屋で200円で買ったというところから話を起こしていく。そもそも磯田さんの講演を聞こうなどという連中は歴史好きに決まっている。のっけに龍馬というおいしいネタが並べられれば、こいつは話に引き込まれますわなぁ。その古書が日本に3冊現存し、一つは同志社大学、一つは200円で購入した磯田氏、一つは刈谷の村上文庫に所蔵されているのだそうな。

 その後にもってきたのは刈谷に関わりの深い華陽院とお大という二人の美女であった。この二人と、家康の祖父である清康のことを語っていたら、本題の「水野勝成」について触れる時間がなくなってしまった。90分があっという間だった。磯野さんは「また来週」とか言っていたけれど、来週はないんだよね。

 おそらく1500人の受講者は、追加講演を望んでいることだろう。

 

 21世紀の司馬遼太郎は頑張っている。