ミ〜ンシ〜ンと蝉がうるさい

《<涼・宮城>壇蜜さん動画 県議会の野党4会派が配信中止要請「イメージ下げる」》
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170728-00000005-khks-pol
「配信中止要請」を出したのが民進党共産党社民党。この並びを見ただけで、宮城県は継続して配信をしたほうがいいと思う。概ねこの組み合わせで大声を上げる場合、逆が正しいことが多い。つまりこの動画は宮城のイメージを下げない可能性が高いわけだ(笑)。
 民進党系の《藤原範典会長は「税金を使って県のイメージを下げている」と批判》しているが、本当にそうだろうか。この会長、どんな調査・統計に基づいて「県のイメージを下げている」と断言しているのか。あやしいものだ。相変わらず民進の皆さんは根拠のないことを喧伝することがお好きなようで。

 民進党の喧伝と言えば、「イエス高須クリニック」の高須院長が激怒して、民進党を訴えたという話があったでしょ。
 民進党議員の発言はこの際どうでもいい。その対応で高須院長が見事だった。高須院長はこう言っていた。
大西健介議員がすぐに平謝りしたら許した。何度もチャンスをあげたのに逃げ回って完全シカトだからね。敵がデッドライン越えたら警告どおり攻撃しなけりゃなめられる」
 そして訴訟を起こした。
 テレビの「ミヤネ屋」では、浅野史郎宮城県知事が高須クリニックに触れて「悪徳クリニックと事実を言われて名誉毀損が成立するはずがない」と発言した。これに対し、大西議員と同様に高須院長は「訴訟を起こす」と宣言した。
 しかし、浅野史郎氏と「ミヤネ屋」が非を認め謝罪したので、高須院長はさっぱりと水に流したのだった。
 大西議員は謝らないので訴訟されちまった。東京地裁には来なかったけれど、高須院長は堂々と裁判に臨んだ。
 でもね、しかとを決め込んでいる民進党はえらい違いで、高須院長は裁判そのものを楽しんでいる。
サイバラ先生が法廷画家デビュー 高須クリニック名誉毀損訴訟で》
http://www.sankei.com/affairs/news/170724/afr1707240041-n1.html
 サイバラさんを法廷画家にするとは……。すごく素敵なアイディアだと思うけど、裁判の臨場感はまったく伝わらない(大爆笑)。
 どんなケースでもそうなのだけれど、遊びとか余裕とかがないと物事がうまく進んでいかない。今回の民進党と高須院長の闘いは、高須院長サイドの余裕綽々で勝敗は決している。

出家

 一昨日の宴で「出家」と「在家出家」について議論をした……と書いたが、「出家」に対する言葉が「在家」である。一般の生活を営みながら仏に帰依することを「在家」と言い、「出家」と「在家」とが両立しない。言うならば「出家」と「在家沙弥」(ざいけしゃみ)ということになる。
 残念ながら議論の中ワシャの口から「在家沙弥」というワードが出せなかった。正確を期すならば「出家」と「在家沙弥」で議論をすべきであったが、誤解とはいえワシャも含めメンバーは「在家沙弥」を「在家出家」と認識していたので、それはそれで議論としては成り立っていた。

 さて、「出家」である。そもそもお釈迦様は出家をした。王族たる地位を捨て、家族を捨て、一族を捨て、家も財産もすべてのしがらみをも投げ捨てて、始めて出家となるわけである。
 その点「在家沙弥」は、地位も名誉も一族郎党も財産も、すべて持ったまま剃髪をして半僧半俗の、そうねぇ例えば武田信玄などを思ってもらえばいいか。甲斐信濃の国主として巨大な館に住み、美女や寵童を侍らせ、ときに周辺諸国に戦を仕掛けて領土を強奪したりする。「信玄入道」って呼ぶでしょ。入道って在家沙弥のことなんですね。

 議論は「大変な方はどっち?」というようなニュアンスで展開した。ワシャの脳裏には「釈迦の出家」と「信玄の在家沙弥」が浮かんでいて、当然のことながら軍配は「出家」に上げた。
 ところがメンバーは「在家沙弥の方が大変だ」と主張した。おそらく彼の念頭には「妻帯し肉食もする現在の僧侶」と「在家で仏教に帰依する信心深い人」の比較であったろう。もちろん彼は「在家沙弥」を支持していた。
 当然のことながら、二人の考えていることの違いを埋めていくのが、議論の主たる部分となった。「鱧の湯引き」や「新選組」の話で箸を休めながら、それでもなんとか収まりがついたのだった。

 ほろ酔いで、帰路についた。電車もちょうどいいタイミングでホームに入って来たし、めでたしめでたし。

知らざぁ言って聞かせやしょぉ〜

「聞かせやしょう」ではないんですな。「聞かせやしょぉ〜」という発音なのである。ううむ…まだ歌舞伎から脳が戻ってこない。

 世の中には本当に偏狭な人間がいる。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170724-00528027-shincho-ent
 海老蔵丈が、子供たちの気晴らしにディズニーランドに行った。一緒に行ったのが付き人と麻央さんのお姉さんの麻耶さん。どう考えてもベストメンバーでしょ。
 これに対して偏狭な奴らが「喪が明けてもいないのに不謹慎だ」と声を上げた。

 アホか!子供たちに喪も○○もあるか!!

 いかんいかん、ワシャが不謹慎になってしもうた。バカに関わると、バカが感染するからいかん。
 二人の子供にとってもっとも身近な女性は伯母である麻耶さんである。その女性と行っているのである。なにを咎める筋合いがあろう。

 記事にも書いてある。
《二人の幼い子供たちのことを思えば、女性の視点で気を配る母親が必要なことは言うまでもない。》
 そのとおり。
 そのとおりを大前提として、もう少しだけ偏狭な奴らに言わせてもれぇてぇ。
「(大向こうから)待ってました!」
 知らざあ言ってきかせやしょぉ。
 時は元禄江戸の町、歌舞伎舞台で荒事の、見栄をきったる団十郎、とんとんとんと代を経て、平成までで十二代(でえ)、宗家を守り抜いたのが、歌舞伎役者ぁばかりじゃねぇ、家をしっかり支えたのは、内助の功の女将さん、それがあっての歌舞伎の家だぁ〜っ(睨む)。

 ということなのである。宗家市川團十郎家を盛り立てる女将の存在はなくてはならない。歌舞伎ファンはそのことを知っていて、口には出さなかったが、團十郎家の嫁がいつかは必要なこと、その嫁ができれば……と思っていた。それを偏狭な奴らが、口に出して言うものだから、それじゃぁまとまるものもまとまんなくなっちまうじゃねえか。
 
 起きがけに上のニュースを見つけてしまったので、まず怒りが先だってしまった。冷静に冷静に。

 夕べは定例の読書会。課題は塩野七生ローマ人の物語Ⅰ』(新潮社)だった。ローマの長〜い歴史のとば口に立つ一冊で、ローマ成立を丁寧に描き出す。
 それにしても、日本がまだ縄文期にあってドングリを食っていたころに、地中海世界ではエジプト文明クレタ文明、ミケーネ文明などが花開き、紀元前753年にはローマが建国されている。
 この一冊を切っ掛けにして、ローマと呼ばれた国家のつながりを考えるのもいい。紀元前509年にローマ共和国、この時代に共和国ですぞ。朝鮮民主主義人民共和国とはまったく違い本物の共和国ですぞ。紀元前27年に帝国になり、東西に分離するものの1453年まで東ローマ帝国は存続する。この2000年にも及ぶローマを冠した国家の話は尽きなかった。

 読書会後の宴会は、ローマとは話がコロッとかわった。メンバーの一人が「退職後は出家でもすると仲間に言った」という発言が切っ掛けで「出家」と「在家出家」との違いについて激論となった。周りの席からは仕事の話とかが漏れ聞こえてくるのだが、ワシャらの席は口角泡を飛ばして「出家じゃ!」「いや在家出家じゃ!」と延々とやっている。
 あ〜おもしろかった。

予習が大事

 ちょいと休暇をとって歌舞伎に行ってきた。中村芝翫(しかん)の襲名興行である。芝翫といっても歌舞伎に興味のない方には縁がないかもしれぬ。三田寛子の旦那さんと言った方がとおりがいいかもね。1年前、中村橋之助の時代に、京都先斗町の芸妓との浮気が週刊誌にすっぱ抜かれていましたっけ。三田寛子の毅然とした釈明会見が、格好よかったですな。
 その三田寛子の三人の息子も「橋之助」「福之助」「歌之助」をそれぞれ襲名して、成駒屋さんもにぎにぎしいことでおめでとうございます。歌舞伎界で男子を三人もおつくりになったんだ。梨園の妻としては押しも押されもせぬ女将になったということでゲスな。
 八代目芝翫、五十を過ぎて頬に肉がついてきた。これまでは細長い顔だと思っていたが、いやなかなか中村芝翫、でかい面になってきた。昨日は熊谷直実を演じたが、赤っ面に二本隈(芝翫筋)を描いた顔の立派なこと。歌舞伎役者は顔がでかいほうがいい。遠くからでもよく見える。そういった意味では八代目芝翫、いい役者になりそうだわい。三人の子供たちは母親のDNAを継いだらしく、みんな丸顔で、祖父の七代目の二頭身とも言われた長い顔が出なくてよかったね。

 演目の「熊谷陣屋」のことである。今回は油断をした。あまりにも有名すぎる狂言だったので、仲間たちと事前勉強をせずに望んでしまった。ところが、「熊谷陣屋」は義太夫狂言だから、言っていることが理解できない。その上にいろいろな物語が輻輳しているので、人間関係が明確に見えていないと、何をやっているのかがわからない。義経と直実の関係は……ちょろっと出てくる梶原って……あの首は誰……弥陀六という爺さんはなにやっているの……。
 歌舞伎としては、古典的な格調をそなえた代表的な舞台である。見どころもあちこちに配されている。武士道の無常さを歌い上げた名作と言っていい。ぜひ、観る機会があったなら事前に少しばかり勉強をしていくといいですぞ。

脳が・・・

 飲み過ぎた翌日はなにも頭に浮かばない。
 暑くてもカラッと晴れてくれると気持ちいいんだが、書庫の西の窓から見える空は曇っている。湿度は71%で部屋の空気がべったりとまつわりつく。パソコンを打っている机にはビニールマットが敷いてあるから、前腕がペトッとくっついてしまう。
 セミの声がいつもより遠い。昼から雨になるのかなぁ。

 でもそんなんでぐだぐだしていていはいけない。前向きに何か考えなければ……。そうだ『波』の話をしよう。新潮社のPR誌の『波』である。普通の書店であれば、レジ横に並べてあって、定価は100円なんだけど無料でいただける。ワシャはいつもの本屋さんで、他の書籍類を購入したときに『図書』(岩波書店)、『本の窓』(小学館)、『ちくま』(筑摩書房)などがいただける。流し読む程度だけれど、無料とはいえ内容は充実している。
 今、おもしろいのはノンフィクションライターの野村進氏の連載『多幸感のくに』である。副題が『「どこでも神様」の山陰世界をあるく』。6月号には「風が吹きぬける場所」ということで、出雲市の立石(たていわ)神社のことが書いてあった。名のとおり高さ十メートルを超す巨岩三塊がご神体である。この三つの岩の間をすり抜けて吹いてくる風に「畏怖」を感じたと言っている。著者に同行した女子学生がこんなことを言っている。
「あの緑くさい風がどこから吹いてくるのか、中に入って確かめてみたい気もしたんですよ。でも、『絶対に立ち入ることは許さん』みたいな拒絶するエネルギーを感じてしまって……」
 野村氏のレポートを読んでいると、日本列島にはホントに神様がいるんだということをあらためて思わされる。7月号の「多幸感のくに」は境港の妖怪たちの話でこれも興味深い。ぜひ、行きつけの書店でもらって読んでね。

 なんとか脳味噌が動き出したわい。やれやれ。

独り舞台

 名古屋場所 終わってみれば独り つまらぬ

 横綱白鵬が南信の虎御嶽海に一敗を喫したのみの14勝1敗で何十回目の優勝を果たした。優勝の数など白鵬大鵬の回数をこえたあたりでもうどうでもよくなった。
 何度も言っているように独り舞台ではおもしろくないのである。例えば千秋楽に白鵬日馬富士に土をつけられて、碧山との優勝決定戦に持ち込まれる。そこで白鵬が勝って優勝してもいい。優勝決定戦までもつれ込めばファンとしてはこの上なく楽しいのに。そういった見せ場を作れないのが、この独走横綱の悪いところだ。
 千秋楽の横綱決戦で変化したしね(嘲)。「勝つためにはどんな手を使ってもいい」精神の根本には卑しい思いが潜んでいる。抜群の力量を持った横綱でなければいいだろう。平幕の小兵力士ならどんな手を使って星を拾ってもそれは許される。しかし、大鵬千代の富士をこえた記録を打ち立てたんだろう。いつまでも平幕のような薄っぺらい精神でどうする!
 その他の横綱人も不甲斐ない。稀勢の里も、先場所今場所と休場してまず傷を治す。その上できっちりと調整して土俵に上がってくるべきだろう。鶴竜も連敗が続いたところで休場してしまった。情けない。日馬富士は初日、二日目と負けが続いたがそれでも立て直して11勝4敗まで持ってきた。大関二人には勝っているので健闘はしたと思う。しかし、千秋楽で白鵬に勝ってくれると申し分ないんだけどね。
 大関陣もヘボチンだ。昔は「クンロク」(9勝6敗)大関という言葉には軽蔑の意味が込められていた。それがこのところ「クンロク」なんかいいほうで、8勝7敗とカド番を繰り返すような情けない有様。

 大相撲に限ったことではないけれど、トップは君臨してもいいが、その周辺にトップに拮抗するプレーヤーが何人か存在していることが活性化につながる。
 横綱が長期に君臨してもいい。それに追従する大関がいたっていい。ただし、勝ちっぱなしではおもしろくない。関脇、小結以下の相撲を制限せず、はねっ返りも時として土俵に登場させなければいけない。ステージにある程度の自由度を持たせること、これが興行・舞台・組織を成功させる秘訣である。

ビアガーデン

 昨日、職場のすぐ横の広場で特設ビアガーデンが開かれた。ワシャは仕事場にいて、終業のベルのあと、部下を「ちょっと覗いていこうよ」と誘ったのだが、ことごとく断られた。実は、一昨日も仕事が終わってからそこで飲んでいた。その時は、10人くらい付き合ってくれたんだけど。2日連続は難しいか。ビアガーデンは2日間限定なので、連チャンでもいいと思うんだけどなぁ。
 部下は付き合ってくれなくてもワシャは行った。一昨日も一緒に飲んでいた別の部署の友人に電話すると「地元の夏祭りに寄ってから顔を出す」ということなので、ワシャは基本的には「独り飲み」はしないのだが、まぁツレが来るまで、青空にぽっかり浮かんだ白い雲でも見上げながら黒ビールを飲んでいましょうか。
 雲はいいなぁ……。
 二口三口飲んだ頃に、電話した友人ではない友だちが、夫婦連れで通りかかった。これを逃がす手はない。友だちも目が合った瞬間に、あきらめたようで、ワシャしか座っていない長机に座ったのだった。
 その後、友だちの部下も何人か加わって、電話した友人も輪に加わったので、ワシャは賑やかく飲むことができたのだった。
 最終的には国○○員の先生まで加わって、「まちづくりとビアガーデン」という高邁なテーマについて議論をしたのだった。