大名古屋らくご祭2021

 昨日、夕方から旧名古屋市民会館で開催されている見出しの落語会に行ってきた。メンバーは春風亭昇太柳家喬太郎三遊亭白鳥林家彦いちの4人。新作落語集団「SWA」の会である。

 ちょいと落語会のネタに入る前にマクラで行きがけの駅と電車での話をさせていただきます。

 ワルシャワが名古屋の金山に行くために、JRの某駅のホームにいたんですね。「快速電車」が出てしまったばかりで、それほどホームに人はいなかった。いつもは後ろから3両目の中央の入口のところに立つんだけど、そこにがやがやとした団体がいたんで、3両目後方の入口に小学校1年くらいの少年が布の鞄を背負ってポツンと立っていたので、その後方に並んだんですわ。

 間もなく上りの普通電車がホームに入ってきた。そうすると、ワシャの前に立っていた少年はパタパタと背後に停車した電車のほうに駆けてゆき、ドアのところの表示板を見上げている。電車が出ると、戻ってきてワシャの後ろに並び直した。

 その行動がわからない。少年は上りに乗るか、下りにするかで迷っているのだろうか。それでね、オジサンは話しかけてみた。

「どこまで行くの?」

 そうすると少年は「名古屋」と短く答える。

「なら、こっちの電車でいいな」

 と、ワシャは前を向きながら独り言のように呟いた。それから無言の時間が数分過ぎて、目の前に下りの快速が入ってきた。

 車内を見渡せば、まだ5時台前半なので、車両は空いている。ワシャは入り口脇のシートに座った。少年はというと、ワシャの後から入ってきて、通り過ぎて奥に座るのかと思いきや、ワシャのとなりに至極当然のようにチョコナンと座る。ま、別段どこに座ってもいいんだけどね。

 少年は鞄を抱えて目を閉じている。よほど疲れているのか。ワシャは電車に乗ると文庫本か新書を読みだすのを日課としているのだが、ゴソゴソと動くと少年の睡眠の妨げになるといけないと思って、本を鞄から取り出すのをやめた。

15分ほど揺られて、「次は金山~」とアナウンスが入る。ワシャは駅に電車が停まった。ドアが開いておもむろに立ち上がって「ごめんよ~」と少年に声をかける。少年は目をパチッとあけて、膝を引っ込める。「次は名古屋だな」とオジサンはやはり独り言のように呟いた。

 ホームに出て、階段を昇る前に電車の方向を振り返れば、少年がオジサンを見送っていた。別にどうという話でもありませんがね(笑)。

 

 さて、本題。 「SWA」の4人のことである。12月6日の日記 https://warusyawa.hateblo.jp/entry/2021/12/06/074842

で、円丈師匠の訃報を伝えたけれど、その愛弟子と言っていい新作落語の雄が名古屋で新作落語をやる、こんなタイミングは後にも先にも今回だけ。とくに白鳥は円丈師匠の二番弟子ですから、もうのっけから円丈ネタで大炎上でしたぞ。名古屋の人に天からの贈り物のような贅沢な落語会となった。

 オープニングトークから「円丈ネタ」炸裂で、それぞれの噺家が円丈からどんな影響を受けたか語ってくれた。弟子の白鳥は、今回の落語会を「凱旋」と言い間違い、彦いちから「追悼でしょ」と指摘されて笑いを取っていた。

 前座をはさんで、東京に早く帰りたい白鳥が高座に上がる。ネタは「黄昏のライバル~師匠円丈編~」。これは円丈のいまわの際を材にとっている、おいおい大丈夫かいなという際どい噺だった。円丈と見舞いに来た白鳥を白鳥が演じ分けるわけだが、これがどっちも白鳥だった。これについては円丈師匠がその著作『落語家の通信簿』(祥伝社新書)の中で《白鳥がエライのは、その欲望の強さをまったく隠さないこと。それが、高座では白鳥キャラとして花開く。噺の中で登場する親子や夫婦のキャラは、全部白鳥だ。》と評価している。そしてまたここがおもしろい。

 白鳥、何度か聴いたけれど、今回の「凱旋ネタ」が飛び切りおもしろかった。

 

 喬太郎は「聖夜の鐘」というクリスマスイブにぴったりのネタをかける。裏さびれた地方のビジネスホテルが舞台で、彫刻家を夢見るボーイが、フロント係をしている彼女に贈るためのプレゼントを彫っている。そこに旅の老人がからむという噺で、夢を追う若者と現実を踏まえたい彼女との葛藤というけっこう厳しい話を、いい噺にして聴かせる。最後の「ジンゴロウベル」には会場がドッと沸いた。

 

 彦いちは「掛け声指南」という在日タイ人の噺。これもそれなりにおもしろかったが、やはり円丈師匠との関わりのマクラがいいねぇ。もともと彦いちは円丈師匠を枕のネタとして使っていたので、そのあたりはこなれている。円丈師匠が言っている。

《彦いち君は、マクラがすげぇおもしろい。ところが、本編に入るとパタッとウケなくなる。》

 でも、彦いちの「人間観察力」については高い評価をしていて、「いっそのこと、その部分を本ネタにしたら」と勧めたのが円丈師匠だった。それで今の人間観察落語が成立し、晴れて「笑点」のレギュラー入りが決まったわけですね。

 いろいろと三平の後任の話題は尽きないが、木久扇の弟子、昇太の盟友ということで当確だと思いますよ。

 

 そしてその「笑点」の司会でもある昇太である。ワシャは基本的に春風亭昇太の落語が歯に合わない。おそらくこの4人の中でも一番違和感が強い。ネタは「鬼背参り」という新作で、女に騙されて家を出た息子の帰りを待ちわびながら死んだ母親が鬼になるという不気味な噺である。これがいい噺だった。昇太にしては期待以上の出来だった。オチの手前なんぞはうるうるっときましたぞ。ううむ、違和感が薄くなってきているなぁ。

 昇太も円丈師匠の影響を強く受けている一人である。そして円丈師匠も昇太を高く評価している。

《この四人の新作はそれぞれに特徴があり、一概に言えないものの、昇太君がストーリー・ギャグ・構成など、総合力で頭一つ抜けている。》

 ただし、厳しいことも言っている。

《昇太君へのアドバイスは、「もう死んでからのことを考えたほうがよい」ということに尽きる。(中略)作品の作り込みをていねいに仕上げて聴き応えのあるネタにする。》

 

  新作落語中興の祖は確実に後継を育てて、そして彼岸の寄席に逝った。師匠をおくる素晴らしい凱旋寄席となったと思う。