落語界の普通の人

 一応、落語ファンとしてはこのニュースに触れておかないとね。

三遊亭円窓さん、自宅で亡くなる 81歳 埋もれた噺を発掘 70年代の笑点メンバー》

https://news.yahoo.co.jp/articles/4f4e9d6aff18eb101b38da60f064d2405f6d623b

 円窓師匠、ワシャ的には縁は薄かった。円窓の高座は一席きいたことがある。出し物も忘れてしまったくらいだ。テレビでは何度か聴く機会があったくらいで、それもで何回か・・・くらいでしかない。

 安城落語会のネタ帳にも「円窓」の名前があったが、それも1回くらいだったと記憶している。

 おおかたの円窓さんの記憶は「笑点」のレギュラーで活躍していたことくらいで、ゴルフ焼けして座布団の上に座っていたことくらいを覚えている。最近では大看板の小三治新作落語の雄である三遊亭円丈も亡くなったけれど、彼らと比べると扱いはかなり小さい。

 しかし円窓さん、落語会の中ではかなり波乱万丈な生き方をしてきた人だと評価している。円丈師匠が『御乱心』(主婦の友社)に落語協会分裂事件を詳細に記録しているが、その中に頑固な円生と、政治家の円楽に翻弄される円窓の姿が描かれていておもしろい。

 騒動の元だった円生の人間性については、周辺のかなりの人が「芸に及ばなかった」と言っている。落語の名人とはいえ性質は駄々っ子のようなものだったとワシャも思う。

 なにかしらの政治的行動を取ろうと思えば、周囲への気配りをしっかりとしておかないことにはにっちもさっちもいくものではない。

 円窓さんは、師匠が亡くなるとすぐに落語協会に籍を戻している。「笑点」でもそうだったが、穏やかな常識人といった人柄で、そいうったことから考えれば、円生の主導した分裂騒動など迷惑な話だったろう。

 七代目円生の名跡争いで、円丈さんとバトルを繰り広げたことは、ご愛嬌というところで、お時間でございます。