金を粗末に扱うな

 午前中に久しぶりに何も予定がなかったので、古本を漁りにちょいと市外に出かけた。2軒のブックオフを物色にしたのだが、大あたりの日というものがあるもので、「アルフォンス・ミュシャ」の本、図録を4冊も見つけた。

『Alphonse Mucha 生誕150年記念』

『MUCHA アール・ヌーヴォーの幕開け』

ミュシャ財団秘蔵 ミュシャ展 パリの夢 モラヴィアの祈り』

アルフォンス・ミュシャ展』

 こん大漁の日はなかなかあるものではない。金額は言わないけれど、ミュシャファンとしては、堪えられまへんで。

 合計15冊の本を買った。その中の14冊は何らかの必要性を感じてチョイスをしている。しかし、1冊は「金をドブに捨ててしまったか」と自問自答する本だった。110円だけどね。

 望月衣塑子+佐高信『なぜ日本のジャーナリズムは崩壊したのか』(講談社+α新書)である。2020年10月発行の、まだ新刊でっせ。これがブックオフとはいえ、100円コーナーに出ているとは・・・。よほど本としての価値がないのだろうか。

 確かに、本人が崩壊している望月記者に「なぜ日本のジャーナリズムは崩壊したのか?」と問われてもねぇ。それに相方を務めるのが、選りに選って佐高信氏ときた日には、速攻で100コーナーかもね。駄洒落王の佐高氏にジャーナリズムを語られても、本物のジャーナリストは困ってしまってワンワンワワ~ン。

 冒頭に望月氏あての佐高氏の「往復書簡」なるものが載っているが、そこで佐高氏は、武漢ウイルス感染防止を理由に官房長官会見を一日一回にしようとしたことを取り上げ、《官邸報道室の狙いは「粘り強い質問」を続けるあなた外しだったともされていますが、「権力者」に「天敵」視されるのは、記者として名誉なこと》と、望月氏を持ち上げている。

 ううむ、望月氏の菅官房長官(当時)に対する質問は「粘り強い」ではなく、粘液質のくどい質問だった。それも内容のない。

 内容のない者同士が、駄洒落と無知で、勝手に駄話をダラダラとやっているだけのシロモノで、読み始めたところなんだけど、やっぱり金をドブに捨ててしまったかと後悔を始めている。

 冒頭の「序章に代えての往復書簡 佐高信より」の最後に「権力に嫌われる者同士のダイアローグとなるでしょう」と誇らしげに書いているが、佐高氏は権力に嫌われてはいないですよ。そもそも相手にされていないだけで。望月氏のほうは、五月蠅いとは思われていると思います。ほんとに五月蠅レベルで。

 このところまともな本ばかりを読み続けてきたので、破綻した本も覗いてみたくなったのかもしれない。佐高氏の本は買うまいと思っていたのだが、手が滑ってしまったわい。