凸凹商事大会議

 昨日、本社で大きな会合があった。それには社長以下の幹部と、社外役員全員が参加するもので、凸凹商事でももっとも大きな会議室で行われる。その会議は月曜日、火曜日の両日に連続開催されたもので、社外役員が合計12名質問席に立つ。

 まぁなにしろ眠い会議ですわ。社内の小さな問題を取り上げて、社外役員がとうとうと演説をぶつわけです。人前で自分の意見をまとめて、かつ、聞いている人たちに理解させる説得力で語らなければならない。これはライターの資質、トークの力量、そして演説を裏付ける教養が必要になる。まぁひどい社外役員になると、全部を会社側に書かせたりしているんで、それじゃぁダメじゃんということである。

 

 ワシャもその会合の末席に座って演説、質問を拝聴いたしましたぞ。ベテラン勢も含めて、話に物語がないので聞いていてまったく面白味がなかった。3つから4つの話柄で構成されているのだが、それを担当部署の部長なり課長なりに任せ、それを合体しているので、接合部分にどうしても違和感が出る。3つの違った話が並んでいるだけのことになる。これは退屈だ。

 新人の演説、質問はさらにやっかいである。新人は気負っているので、制限時間の中にいろいろな話題を詰め込もうとして、結局、早口でまくしたてるような演説になってしまう。話し方というのは、「間」「緩急」「高低」などがあって聴きやすいものとなる。たとえば上手のナレーターや落語家の話し方を聴けば、よく解かるだろう。しっかりと間を取り、言葉をためて、放つときには一気に出す。ただただペラペラと口を回しているだけでは騒音と同じなのだ。このことを理解していない話者が多い。こういった話者が多いと会議がとてもつまらないものとなる。

 昨日もぞろぞろと詰まらない演説、質問が続いた。一人の女性役員は「私の知り合いがこう言っていた。私の友達の子供がこういった状況になった」と自分の半径2mくらいの話ばかりに終始した。それがまったく社の全体のことにつながらない。回答する幹部のほうも「それは我社で対象となっておりませんので」「それはどこの社でもやっておりませんので」という答弁に終始せざるをえない。そんなことは端から判っていることでわざわざ大会議で時間を費やすべきことかいな。

 通常質問の最後をやったのが、社に批判的な言動の多い社外役員で、これがぶっちぎりで飛ばしましたねぇ。「社外役員なんかバカばっかり」「執行部も官僚答弁ばかりを繰り返す腑抜け」「こんな会議は時間のムダ」「アホらしくてやってられない」などと演壇で言いたい放題、まくし立てるまくし立てる。まぁ退屈しないのでいいんだけどね(嗤)。ちゃぶ台をひっくり返したような演説で会議室の中の空気はかなり険悪な雰囲気になった。

 一応、批判的役員が12番目のトリだったので、予定されていた質問はここで終わりだった。残すは、関連の質問がある場合のみ質問する時間がとってある。通常はないんだけどね。

 ここで一人の社外役員が手を挙げた。新人の役員なのだが、元々凸凹商事の幹部を務めた男性である。仮にX氏としておこう。議長が指名するとX氏はおづおづと立ち上がりマイクを持った。そしてどちらかというと静かな語り口で話し始めた。

「△△役員の元気のいい質問の後で、あまりぱっとしないかもしれませんが何点か質問をさせてください」

 この大人し目のX氏が食わせ者だった。静かな口調で始まったのだが、のっけに笑いをとって会場内の興味を自分に向けさせておいて、合計4つの質問を繰り出した。これがよく考えられていて、前の質問と後の質問、そしてそれらがさらに後段の質問へとつながっている。質問が見事に連関していて、それらをいろいろなエピソードでつなぎながら緩急自在に言葉を放つ。随所に笑いが入るので、大会議室の空気は一気に和む。

 X氏、主に凸凹商事の教育部門についての質問を投げかけ、教育部門を統括する副社長とやりあった。優しい言葉のやり取りのなかにもかなり厳しい質問が仕込んであって、答弁も綱渡りのような状況が続いた。

 財政部門の幹部は元教育部門にいた男で、彼が質問を聴きながらこう言った。

「Xさんは教育部門には理解のある人だと思っていたが、この質問では教育部門を敵に回すな」

 X氏、最後のまとめに入る。副社長は元教員だった。教員だった時の実績をかわれて凸凹商事に副社長としてやってきた人である。X氏、副社長の教員時代の思い出を語り始めた。匿名でね、これがまたいい話だった。新人教師と小学生の心の交流の話で、X氏、こんな話をどこで仕入れてきたのか・・・。副社長は目に涙をためていた。

 最後に、X氏、その美談を使って、教育部門にあまり力を入れない社の方針に厳しい注文をつけてマイクを置いたのだった。

 X氏の演説が終わった時、会議室のあちこちからため息のようなものが漏れた。教育部門の副社長は深々と一礼を送っていた。

 ある社外役員は「気持ちが洗われた」と言い、別の役員は「大会議室が浄化された」と言っていた。「2日間の会議は全部X氏に持っていかれたなぁ」と古参の役員が笑って言っていた。

 大会議室の出口でX氏はいろいろな人に声を掛けられていたが、静かに会釈をするだけだった。