To be, or not to be, that is the question

 コペンハーゲンの北40kmにあるエーア海峡に面した城エルシノアが舞台になっている。一説によれば「ハムレット」は、800年代のデンマークの話であるらしい。それをシェークスピアが1600年頃に戯曲として完成させた。
 しかし、歌舞伎と一緒で、物語は何百年も前のものを引きながら、衣装とか髪型とか風俗などは当代のもので演じる。
 例えば「妹背山婦女庭訓」(いもせやまおんなていきん)という歌舞伎は、時代背景が大化の改新の頃である。蘇我入鹿が出てくるんですからね。でもね、酒屋の娘とか漁師が重要な役を演じるのだけれど、もちろん江戸風俗そのままの出で立ちで登場し、劇はつつがなく進んでいく。だから「ハムレット」も800年代の話だけれど、1600年代の今(当時)を映していると思って観ればいい。
 ハムレットは、ドイツのヴィッテンベルク大学に留学している最中に、父王の死去に伴ってエルシノアに戻される。彼の通っていた大学は1502年設立だから、時代背景は自ずから決まってくる。
 16世紀中期、日本でいえば川中島の戦い桶狭間の合戦をしていた頃。この時期に、ハムレットの復讐劇は始まる。
 父王が死んで、その弟のクローディアスが兄嫁である王妃ガートルートと再婚し、新国王になった。ガートルートはハムレットの母でもある。ここで繊細な王子のハムレットは悩んでしまう(ギリシャ悲劇は「運命の悲劇」と言われるのだけれど、「ハムレット」は「性格の悲劇」と言われている。これは主人公の性格がドラマに大きく影響しているからに他ならない)。
 ハムレットはきわめて潔癖で真面目なんですね。新国王を見れば、先王に比べて見劣りすることばかり。そりゃ父親と叔父を比較すれば、バイアスはかかる。その上に、軽蔑する男と母親がベッドをともにしているという無節操ぶりも含めて許せない。
 さらに、先王は新国王に暗殺されたのではないかという疑念さえ持つ。まさに疑心暗鬼というやつで鬱々とした日々を過ごしている。
 そんな頃に、エルシノア城では怪異なことが起きはじめる。先王の亡霊が夜な夜な城内を彷徨しているというのである。暗鬼が実際に出てきてしまう。ハムレットは父らしき亡霊に会い、「毒殺されたのは事実であり、クローディアスに復讐してほしい」と言われるのだった。
 ハムレットは亡霊の言を確認するために、狂気を装い叔父王の出方をうかがう。最初は演技の狂気だったのが、だんだんと本気の狂気になっていく。繊細な俳優が役から離れられなくなってしまうのに似ているか。
 ここらあたりから絶世の美女オフィーリアが絡んでくる。ミレーの名作で有名ですよね。小川を流れゆくオフィーリア。一昨年は樹木希林さんでしたが(笑)、本物のほうは絶世の美女です。
 若き繊細な王子と、その王子の狂気の変貌に失意にうちに亡くなってしまうオフィーリア。いくつかの名セリフはあまりにも有名である。
 古今東西、復讐劇は人気があるものだが、そこに複雑なプロットを仕込みながら、ハムレットの悩み、怒り、苦しみ、葛藤などをみごとに描ききっている。「文学作品のモナ・リザ」と言われる所以である。