気分の悪いことは長く続かない

 こんな奇跡のような相撲を観たことがない。12勝2敗の新横綱、それも2日前に左肩に大怪我をしている。手負いである。怪我をした瞬間を見れば、絶対に休場だと思う。その横綱に対し、一時、膝の調子を悪くしたが回復し13勝1敗の大関である。横綱が星ひとつ追うかたちでの千秋楽決戦となった。
 怪我の様子、昨日の取組を見る限り、本割で照ノ富士が勝ってあっさり優勝、あるいは本割で稀勢の里が辛勝し、優勝決定戦に持ち込んで、しかし力尽きて照ノ富士の優勝、このあたりに納まるだろうと思っていた。これ以上は稀勢の里に期待するのは酷だとも考えた。
 しかし稀勢の里、只者ではないねぇ。本割でつきおとし、決定戦で小手投げ、2連勝して天皇賜杯をつかんだ。お見事!夕方のビールはとても美味しかった。
 花粉症はぐずついた天気だったので、なんとか治まっていた。ユーミンのCDは書庫用と車用で使い分けることにした。
 残りはもうひとつ、こいつはやっかいだから少し時間がかかるだろう。

 今日は名優、というか人としての生き様が名人の高峰秀子さんの生誕日。彼女のように颯爽と生きたいけれど、凡人にはなかなかそうは問屋が卸してくれまへん。
 彼女のエッセイに「馬よ」という作品がある。16歳の時に主演した映画「馬」のエピソードを綴っている。ここで主人公は山の稜線を馬に乗って疾駆するという場面がある。もちろん高峰さんは馬に乗れないからスタントになる。ところが近在でぴか一の馬の乗り手と言われた女性でも山の稜線に馬を走らせられない。何度テストをしてもダメだった。翌日呼ばれたのは小柄でシワクチャのおじいさんだった。老人は監督の指示に「ンまあ、やってみべいか」と言いざま、馬を走らせ、幅の狭い山の稜線を全速力で駆け抜けた。もちろん一発でOKだった。
 このスタントを見た16歳の高峰さんは「プロとは、こういうものなのか……私もせめて、俳優のプロの端くれぐらいにはならなければ……」と感動したのだそうな。これが後の名優をつくる一因になっている。
 長じて、庭のある一軒家を持つようになる。その庭の手入れをしてくれる79歳の植木屋さんにも感動している。夜、高峰家の庭木を塀越しに眺めている老人を隣家の奥さんが見たのである。老人はこう呟く。
「うむ、うまくいっている」
 自分の仕事を人知れず確かめにきた老職人のひたむきさに打たれたのである。
 また、高峰さんは司馬遼太郎さんとも交流があったという。名人は名人を知る……そういうことか。